3 婚約者の弟の到着
子供部屋に入ると、暖炉の火はほとんど消えかけていたので、ルーシーが慌てて薪を足す。
寝台の横には、さっきまで使われていたらしい小さな布が落ちていた。白い布の端に、ミルクの染みがついている。
甥を寝台に下ろす。泣くかと思ったが、指を軽く握ると、そのまま目を閉じた。
小さな口が、まだ何かを探すように動く。
「ルーシー、メアリーが来るまでここにいて」
「はい。お嬢様は」
「着替えるわ」
「追いかけるんですか」
「ええ」
「お一人で?」
「伯爵家の返事次第」
そう答えたところで、廊下の向こうから早足の音が戻ってくる。
「お嬢様!」
グレイヴスだ。
「フェンウィック伯爵家へ早馬は出ました。それと、今、門に伯爵家の馬車が」
「早すぎるわね」
「はい。ジェイ様です」
思わず手を止める。
ジェイ・フェンウィック。クリスの弟。フェンウィック伯爵家の次男。年は私より一つ上の二十一。
長男のクリスが華やかな席に出て、朗らかに笑い、人の輪の中心に立つ人なら、ジェイはその少し後ろで、誰が何をしているかを見ている人だ。
無口ではない。ただ、無駄に喋らない。
兄は以前、こっそりと言ったことがある。
『フェンウィック伯爵家は、長男殿より次男殿の方が領地向きだな』
クリスと婚約している身で、それに大きくうなづくわけにもいかず、曖昧に笑った。けれど内心では、少しだけ同意していた。
「どこに通しているの」
「玄関広間です」
「すぐ行くわ」
子供部屋を出る前に、もう一度甥を見る。眠っている。
ルーシーが椅子を寝台の横へ引き寄せた。
「この子が起きたら、すぐ呼んで」
「はい」
廊下へ出る。階段を下りる間に、玄関広間から低い声が聞こえてきた。
「兄がこちらへ来ていませんか」
ジェイの声だ。
「いいえ、ジェイ様」
応じているのはグレイヴスだ。
「では、シャーリーン様は」
「こちらにもおられません」
「……そうですか」
そこで私が広間に入る。
ジェイは旅装だった。濃い灰色の上着に、泥の跳ねた乗馬靴。
馬車で来たというより、途中まで馬を飛ばしてきて、門の前で馬車に乗り換えたような乱れ方だ。
「アマンダ嬢!」
彼はすぐこちらを見る。
「ジェイ様。なぜこちらに?」
「兄が、朝から消えました」
声が硬い。
「置き手紙が?」
「ありました。ですが、こちらの事情ほど詳しくはありません。ただ、家を出る、探すな、と」
「うちには詳しい手紙が残っていたわ」
「読ませていただけますか」
「ええ」
書斎へ歩き出す。ジェイが隣に並ぶ。
「先に言っておくわ。兄さんは今、かなり悪い状態よ」
「ウィリアム様が?」
「妻に逃げられた。赤ん坊を残された。しかも相手は私の婚約者。悪くならない方がおかしいでしょう」
「……返す言葉もありません」
「あなたが謝るところではないわ」
「フェンウィック家の者です」
「なら謝るより働いて」
ジェイが一拍遅れて、こちらを見る。
「何をすれば」
「私は、二人を追う」
「私もそのつもりで来ました」
「なら話が早いわ」
書斎の扉の前で、足を止める。
「ただし、捕まえたらまずこちらの子供のことを言わせる。恋だの愛だのは、その後」
ジェイは短くうなずく。
「異論はありません」
「それから」
「はい」
「クリス様をかばうなら、あなたも敵よ」
ジェイの目が一度だけ細くなる。
「かばいません」
「弟でしょう」
「だからこそです」
その答えは早かった。
「兄は、フェンウィック家の長男です。あなたの婚約者です。そして、ウィリアム様の妻を連れて逃げた男です。どの立場を取っても、かばえるところがありません」
「よかった」
そして扉を開ける。
「では、まずあの馬鹿な手紙を読んでもらうわ」




