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兄嫁が婚約者と愛の逃避行!? 赤ん坊を置いて持ち出した物、全て返して頂きます!  作者: さんけい


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27 一気に来た疲れ

「……あ」


 自分の声が遠い。けれど床には落ちなかった。横から腕が伸びて、支えられる。


「アマンダ」


 ジェイの声だ。……嬢がない。

 そう思ったのは一瞬で、次には兄の声が重なる。


「アマンダ!」

「大丈夫」


 言ったつもりだった。でも、声がちゃんと出たか分からない。


「大丈夫ではありません」


 ジェイの声が近い。


「ウィリアム様、椅子を」

「客間へ。いや、近い方がいい。そこの長椅子に」

「メアリー、ヘンリーを」

「はい、旦那様」


 周りが動く。私は立っているつもりなのに、身体はもう人の腕に預けられている。情けない。とても情けない。


「まだ、荷が」

「荷は私が見ます」


 ジェイが言う。


「書類は」

「グレイヴス殿が確認します」

「兄さんに」

「あとで」

「でも」

「アマンダ」


 今度は、兄の声だ。


「寝なさい」


 寝なさい。八歳の時みたいに言われた。

 夜更かしして帳簿を覗き込んでいた時。熱を出したくせに、宿題をやると言い張った時。怖い夢を見たのに、怖くないと言った時。

 兄はいつも最後にそう言った。寝なさい。


「……兄さん、怒っている?」

「怒っている」


 少し驚く。


「私に?」

「お前をここまで走らせた全員にだ」


 それには、どう返せばいいのか分からない。

 長椅子に座らされる。いや、座ったというより、置かれた。

 背にクッションを当てられる。誰かが外套を外す。手袋も取られる。

 手が冷たい。自分でも驚くほど冷たい。


「湯を。あと医師を呼んで」


 兄が言う。


「医師はいらないわ」

「要る」

「ただ疲れただけ」

「だから要る」


 兄は譲らない。

 メアリーがヘンリーを抱いたまま、少し離れたところに立っている。ヘンリーの手が、空を掴むように動く。


「ヘンリーのがらがら」


 私は言う。


「返してあげて」

「あとでいい」

「でも」

「あとで、ヘンリーの手に持たせる。その時、お前も見る」

「……本当?」

「本当だ」


 兄の声は穏やかだ。でも、決まっている。

 ジェイが、馬車から戻ってくる。手には書類箱。それから、布で包まれた小さな荷。


「回収品はすべて客間の卓へ。グレイヴス殿と照合します。ヘンリー様のものは、こちらへ」

「ありがとう、ジェイ殿」


 兄が言う。


「いいえ。フェンウィック家として、当然のことです」

「それでも礼を言います」


 兄はまっすぐジェイを見る。


「妹を支えてくださった」


 ジェイは一瞬、言葉を止める。


「支えきれていれば、倒れる前に休ませられました」

「それは無理だ」


 兄が即答する。


「アマンダは、止まらない時は止まらない」

「兄さん」

「事実だ」


 そこで少しだけ、胸がゆるむ。兄の声が戻っている。いつもの兄だ。

 穏やかで、少し困ったような、それでもこちらをちゃんと見ている兄。


「ジェイ殿」


 兄が続ける。


「妹は強い子です」


 ジェイがこちらを見る。


「はい」

「ですが、強いまま放っておいていい子ではありません」


 何を言うのか。


「兄さん」

「黙って寝ていなさい」


 兄がこちらを見ずに言う。私は黙る。ジェイは兄を見ている。


「心得ます」


 静かな返事だった。何を心得るのか。そこを聞きたいのに、頭がぼんやりしてくる。

 湯を含ませた布が額に当てられる。温かい。気持ちがいい。

 まずい。本当に眠くなる。


「アマンダ」


 ジェイの声がする。


「今は眠ってください」

「……勝つため?」

「はい」

「もう、勝ったんじゃないの」

「では、戻るために」


 戻るために。私は目を閉じる。

 戻ってきた。でも、まだ全部は戻っていない。

 兄の顔。ヘンリーの手。回収した銀の音。ジェイの、嬢のない呼び方。

 全部が混ざる。


「ジェイ様」

「はい」

「荷を、お願い」

「任せてください」

「兄さんも」

「はい」

「ヘンリーも」


 そこで兄が少し笑った気がする。


「ヘンリーは私が見る」

「そうだった」


 それならいい。兄が見ているなら、いい。

 ……目を閉じると、今度は抵抗できなかった。

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