表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄嫁が婚約者と愛の逃避行!? 赤ん坊を置いて持ち出した物、全て返して頂きます!  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/33

19 強いから平気だと思ったの

「アマンダ様、私は」

「泣くなら、ヘンリーの前で泣いて」


 シャーリーンは口を閉じる。


「あなた、自分の手紙に何度も自分のことを書いたわね。本当の愛。女として生きたい。惨めにしないで。幸せになりたい」


 私は銀のがらがらを指で押さえる。


「でもヘンリーのことは、ついでみたいにしか書かなかった」

「あの子は、ウィリアム様が」

「兄さんが何?」

「ウィリアム様なら、ちゃんと育ててくださるわ。あの方は優しいもの」

「だから置いていったの?」


 返事がない。


「優しい人なら、何をしてもいいの?」

「違います!」

「退屈な人なら、傷つけてもいいの?」

「そんなつもりでは」

「強い女なら、婚約者を取られても平気?」


 今度はクリスを見る。彼は言葉を探している。探している時点で、もう遅い。


「アマンダ、僕は君を傷つけたかったわけじゃない」

「結果として傷つけたなら同じよ」

「君は、僕がいなくても大丈夫だと思ったんだ」

「便利ね」

「便利?」

「兄さんは優しいから大丈夫。ヘンリーは赤ん坊だから分からない。私は強いから大丈夫。ジェイ様は有能だから代わりになる。あなたたちは、そうやって全部、人に押しつけて逃げたのね」


 クリスの目が揺れる。そこへ、ジェイが一歩前に出た。


「兄上」

「ジェイ、私は」

「父上からの書状です」


 ジェイは懐から封書を出す。クリスの顔色が変わる。


「父上が?」

「はい。あなたがこのまま帰還せず、またフェンウィック家の名を使って逃亡を続けるなら、長男としての権利を停止する。私を暫定代理とする。すでに主な宿と駅馬車には通達済みです」

「待て。そんな馬鹿な」

「馬鹿なことをしたのは兄上です」


 ジェイの声は静かだ。静かすぎて、部屋の中でよく通る。


「あなたは父上の金時計を馬代にしました。フェンウィック家の名で駅馬車を借りようとしました。私なら代わりを務められると手紙に書いた。では、務めます」

「ジェイ、お前は弟だろう」

「だから止めに来ました」

「私の恋を邪魔するのか」

「いいえ」


 ジェイは一度、クリスを見る。それからシャーリーンを見る。


「恋をなさるのはご自由に。ただし、家名と他人の財産と赤ん坊を踏んで進むのはやめていただきます」


 私はそこで、少しだけ息を吸う。それだ。それを言いに来た。


「シャーリーン様」


 鞄から紙を出す。


「離縁の同意書よ。まだ正式なものではないけれど、あなたがエルフォード子爵夫人として戻る意思がないこと、ヘンリーの養育をウィリアムに任せること、持ち出したものを返還すること、今後エルフォード家の名で金品を受け取らないこと。まずそれに署名して」


 シャーリーンが青くなる。


「そんな」

「逃げたかったのでしょう?」

「でも、私は」

「自由になりたいのよね」

「……」

「なら、家政鍵を返して。夫の父の形見を返して。子供のがらがらを返して。兄さんの妻という名も返して」


 シャーリーンはテーブルの上に並んだものを見る。ひとつずつ。けれど、ヘンリーのがらがらのところで目が止まらない。

 それで十分だった。


「アマンダ様、私はただ」

「ただ?」

「愛されたかっただけなのです」

「ヘンリーもよ」


 シャーリーンの肩が、小さく動く。


「ヘンリーも、母親に愛されたかったでしょうね」


 今度こそ、シャーリーンの目から涙が落ちる。遅い。遅すぎる。


「泣いていいのはあなたじゃない」


 私はペンを出す。


「署名して」


 クリスが声を上げる。


「アマンダ、やめてくれ。彼女を追い詰めないでくれ」

「ではあなたが先に書く?」

「何を」

「婚約破棄の同意書。あなたが私との婚約を一方的に破棄し、私の兄嫁であるシャーリーン様と出奔したこと。フェンウィック家とエルフォード家の名を使って金品を得たこと。私から贈られた品を勝手に馬代にしたこと」

「そんなものを書いたら」

「書いたら?」


 クリスは口を閉じる。分かっているのだ。書けば終わる。

 自分がしたことが、紙の上に残る。

 今までは、手紙にも私の名を書かなかった。シャーリーンの名も書かなかった。自分のしたことを、ぼかして逃げてきた。

 ここで初めて、文字にされる。


「クリス」


 私は初めて、様をつけずに呼ぶ。クリスの目がこちらへ戻る。


「あなた、私が強いから大丈夫だと思ったのね」

「……」

「ええ。大丈夫よ」


 言いながら、クラヴァットピンの箱を押す。


「だから、あなたをきちんと捨てられる」


 クリスの喉が動く。ジェイが静かに紙を置く。


「兄上。署名を」

「ジェイ」

「ここで書かなければ、父上の名で捕らえます」

「弟が兄を脅すのか」

「兄が弟に、代わりを務めろと書きました」


 ジェイはペンを持つ。


「だから、務めています」


 部屋の外で、馬の音がする。フェンウィック家の使いか。エルフォードの使いか。あるいは両方か。

 もう、この小さな離れ宿は、二人だけの逃げ場所ではない。

 追いついた。ようやく。

 私はシャーリーンの前に紙を置く。


「書いて」


 シャーリーンはペンを見る。クリスを見る。ジェイを見る。

 最後に、私を見る。


「……私が、そんなに憎いのですか」

「憎いわ」


 すぐ答える。


「でも今しているのは、憎しみで殴ることではない」


 家政鍵を押さえる。


「返すものを返してもらっているだけよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ