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兄嫁が婚約者と愛の逃避行!? 赤ん坊を置いて持ち出した物、全て返して頂きます!  作者: さんけい


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17/33

17 見つけた!

 外へ出ると、霧が濃くなり始めていた。

 ジェイは宿の厩で、御者に話を聞く。私は馬の水を見ている。ベスは少し疲れているが、まだ目は強い。


「あと少しよ」


 首を撫でると、ベスが鼻を鳴らす。

 あと少し。そう言いながら、何度も一歩先へ行かれている。

 腹立たしい。だが、焦ってはいけない。


 左の道へ入る前に、フェンウィック家の使いが追いついた。ジェイは手早く指示を出す。

 宿に一人残す。もう一人はフェンウィック家へ戻し、ハロウズ湯治場でエルフォード家の家政鍵を回収したこと、茶色い封筒を持つ者が来る可能性があることを知らせる。


「エルフォードへも」


 私は言う。


「はい」


 使いの一人がこちらを見る。


「兄さんへ伝えて。家政鍵は回収した。すぐ鍵を替えるように。食品庫、食器棚、リネン室、薬棚、女主人の小机」


 言いながら、腹が立つ。

 嫁いだ女が家政鍵を持つ。それは信用だ。その家の内側を任されるということだ。

 それを宿の帳場に置く。

 何をしたのか、分かっているのか。分かっていないのだろう。いや、分かっていてやったのかもしれない。

 どちらでも同じだ。


「それから、シャーリーン様の女主人としての権限をすぐ止めて。家の者にも伝えて」


 使いがうなずく。


「承知しました」


 ジェイが横から続ける。


「ウィリアム様には、鍵を回収したのはアマンダ嬢だと」

「それは言わなくていいわ」

「言った方がいい」


 思わずジェイを見る。

 彼はまっすぐこちらを見ている。


「ウィリアム様は、あなたが家を守っていると知るべきです」

「……兄さんはまた礼を言うわ」

「言わせてあげてください」


 返す言葉が少し遅れる。


「分かったわ」


 使いが走る。馬の蹄が霧の向こうへ消えていく。

 左の道へ入る。細い道だ。

 馬車では無理だが、ジェイが言った通り、小型の二輪車なら行ける。

 車輪の跡がある。新しい。


「急ぎましょう」

「はい」


 霧が濃くなる。道は森の中へ続く。古い湯治場の裏山を越える道らしい。

 ところどころに石の段が残っていて、馬を急がせすぎると危ない。

 しばらく進むと、小さな祠のような建物があった。昔の湯治客が休んだ場所なのだろう。

 その前に、二輪車が捨てられている。


「ここで降りた」


 ジェイが馬を下りる。私は周囲を見る。霧の中に、人の声はない。

 ただ、水の落ちる音が聞こえる。近くに沢があるらしい。


「足跡は?」

「二人分」

「クリスも?」

「はい。ここで合流しています」


 ようやく。ようやく同じ足跡になった。

 ジェイが道の先を見る。


「この先に、古い離れ宿があります。今は使われていないはずですが、雨風はしのげる」

「そこへ?」

「おそらく」


 心臓が速く打つ。捕まる。今度こそ。

 そう思った瞬間、祠の中に白い紙が見えた。私は馬を下りる。

 紙は、石の上に置かれている。風で飛ばないように、小石が乗せてある。

 嫌な丁寧さだ。紙を取る。

 シャーリーンの字。


 ――どうか、もう追ってこないでください。

 ――私たちは互いだけを頼りに生きていきます。

 ――ウィリアム様には、私など忘れて、あの子と静かに暮らしてほしい。

 ――アマンダ様も、もっと良い方を見つけてください。

 ――クリス様を責めないで。

 ――彼は、私を救ってくださっただけなのです。


 最後まで読む。今度は畳まない。

 ジェイへ渡す。黙って読む。読み終えて、紙を折る。


「兄は、救ったつもりらしいです」

「そうね」

「では、こちらも救いましょう」

「誰を?」

「ウィリアム様と、ヘンリー様と、あなたを」


 言い方が静かすぎて、すぐには返せない。彼は続ける。


「それから、フェンウィック家も」

「クリスは?」

「書面の上では、できるだけ早く切り離します」

「本人は?」


 ジェイの目が、霧の向こうへ向く。


「自分が救われる側ではないと、分かってもらいます」


 私はうなずく。


「行きましょう」

「はい」


 その時、霧の向こうで、かすかに物音がした。木の扉が閉まる音。近い。かなり近い。

 ジェイが手で合図する。声を出さない。馬を木につなぎ、足音を殺して進む。

 霧の奥に、古い離れ宿が見えてくる。石造りの小さな建物。窓に明かりがある。煙突から細い煙が上がっている。

 いる。

 今度こそ、いる。私は外套の内側に手を当てる。

 家政鍵の冷たい感触。ヘンリーの銀のがらがら。兄のハンカチ。肖像画。クラヴァットピン。

 持ち出されたものが、全部ここまで一緒に来ている。逃げた二人に見せるために。

 ジェイが小さく言う。


「裏口を見ます」

「私は?」

「ここで」

「嫌」

「では、玄関の右へ。窓から見える位置には立たないでください」

「分かった」


 返事が短くなる。ジェイは一瞬こちらを見るが、何も言わない。ただ、うなずいて裏へ回る。

 私は玄関の右側へ寄る。中から声が聞こえる。女の声。シャーリーンだ。


「……もう少しで、誰も追ってこなくなるわ」


 それから、男の声。


「そうだね。ジェイなら、父上を説得してくれる」


 クリス。私は目を閉じる。

 説得。この人は、まだ弟が自分のために動くと思っている。ジェイは、兄を止めるためにここまで来ているのに。


「アマンダも、きっと分かってくれる」


 次の言葉で、目を開ける。


「彼女は強いから」


 ああ。そう来るか。

 強いから。だから傷つかない。強いから、婚約者を取られても平気。強いから、兄を支えられる。強いから、赤ん坊も見られる。

 便利な言葉だ。

 私は玄関の前へ出る。もう待てない。

 扉を叩く。一度。二度。中の声が止まる。


「どなた?」


 シャーリーンの声がする。私は答える。


「アマンダよ」


 中で、何かが落ちる音がした。

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