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兄嫁が婚約者と愛の逃避行!? 赤ん坊を置いて持ち出した物、全て返して頂きます!  作者: さんけい


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15/33

15 勝つために止まる、と言う

 荷置き場を出ると、駅馬車場の前が少し騒がしくなっていた。東門へ向かったはずの貸馬車の御者が、馬を引いて戻ってきている。


「早いわね」

「乗せていません」


 ジェイが言う。


「見せ馬車です」


 御者は私たちを見るなり、帽子を取った。


「あの、私は言われた通りに」

「誰に」

「若い旦那様です。東門を出て、ローズブリッジへ向かえと。途中で客を降ろすわけではなく、空のまま行けと。荷物だけ積んで」

「衣装箱は?」

「積んでます」

「開けて」


 馬車の後ろを開けると、衣装箱があった。シャーリーンが持っていったはずの、大きな衣装箱だ。

 鍵はかかっていなかったから、即座に開ける。

 中は、空。いや、完全に空ではない。底に、紙が一枚置いてある。

 私はそれを取る。シャーリーンの字だ。


 ――追ってこないでください。

 ――これ以上、私たちを惨めにしないで。

 ――私は幸せになりたいだけなのです。


 読み終える前に、紙を畳む。


「惨め?」


 声が出る。


「今、惨めにしているのは誰かしら」


 ジェイが横から紙を見る。


「兄の字は?」

「ないわ」

「ではシャーリーン様の独断でしょう」

「クリスは知っていると思う?」

「知っていて止めなかったか、知らずに格好をつけています」

「どちらでも腹が立つわね」

「はい」


 私は紙を懐に入れる。


「本命はどこ」


 ジェイが駅馬車場の主人を見る。


「東門ではない。北でもない。西の道でもない。残るのは?」


 主人は汗を拭う。


「南の旧街道です」

「そこに何があるの」

「古い湯治場です。今は寂れていますが、身を隠すには」

「女が好みそう?」

「昔は貴族の隠れ宿もありました」

「クリスが知っていると思う?」


 ジェイに問いかける。


「兄は知りません。ですが、シャーリーン様が知っている可能性はあります」

「なぜ」

「ご実家が、その近くの男爵家と縁があるはずです」


 やはりシャーリーンだ。逃げ道を作ったのは、あの人。

 クリスはそれに乗り、ところどころで英雄の役をもらっている。


「南へ」

「はい」

「その前に連絡」


 私は駅馬車場の主人から紙を借り、短く書く。


 ――ハドリーでクリスのクラヴァットピン回収。

 ――シャーリーン様が三日前に衣装箱を預けていたことを確認。

 ――別名義の箱に兄さんとヘンリーの肖像画あり。これは回収。

 ――南の旧街道へ向かう。

 ――シャーリーン様の部屋を特に調べて。三日前以前から送った荷がないか。


 兄に送るには酷い内容だ。けれど送る。

 兄は知らなくてはいけない。知らずに優しいままでいて、また踏まれるよりずっといい。

 ジェイも別紙を書く。


 ――ハドリーで兄のクラヴァットピン回収。

 ――東門方面は囮。

 ――南の旧街道、旧湯治場方面へ追跡。

 ――フェンウィック家から同方面の宿へ先触れを。


 封をして、駅馬車場から二方向へ早馬を出す。

 ようやく馬に戻ると、ベスが少し苛立ったように首を振った。


「ごめん。まだ走るわ」


 馬上で手綱を握る。ジェイが隣に来る。


「アマンダ嬢」

「何」

「南の旧街道は、夕方になると霧が出ます」

「それでも行く」

「はい。行きます。ただ、無理に追いつこうとしないでください」

「また馬を潰す話?」

「人もです」


 言い返そうとして、やめる。

 今はまだ行ける。足も腕も動く。頭も回る。

 けれど、この人は少し先を見ている。たぶん、追う道だけではなく、私が倒れる時のことまで。


「分かったわ」

「ありがとうございます」

「でも、止まるときは理由を言って。疲れたから止まる、では嫌」

「では、勝つために止まる、と言います」


 思わず、少しだけ息が抜ける。


「それなら聞くわ」

「助かります」


 今のやり取りだけ、ほんの少し軽かった。

 けれどすぐに、南の道を見る。

 逃げた二人は、まだ先にいる。兄の肖像画を持ち出し、空の衣装箱でこちらを釣り、追ってこないでと書き置きを残して。惨めにしないで、と。

 よろしい。惨めが何か、最後にきちんと教えてやる。

 馬を出す。南の旧街道へ。

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