98 ダンジョンはつづく
入った先は、眩しいほど明るい部屋だった。
ぐるりはガラス窓で、標高3000メートル超の陽光がギラギラと照りつけている。
部屋の天井は高いがさほど広くはなく、光が乱反射してよく周囲が見えない。
ひときわ光の強い場所が中央にある。
よくよく見れば、そこに人影があるような無いような―――
「よく来た、峨山の仙女。貴女を歓迎する」
突然声が響いた。
人影からというより、周囲全体に響き渡っている感じだ。
「あ、あの、貴方は……」
人柱の人ですか? とはさすがに訊けない。
「……質問に答えてくれる人ですか」
「人ではないけれどね」
「あ、すみません、あの、この子、この、アカネ王子の身体が今何処にあるか御存知ですか」
「それはもちろん」
「じゃあ、そこへ私たちを連れて行ってください!」
「おやおや、問いに答えるのが私の役割だったのではないかな」
「だって、貴方なら、その場所へここからダンジョンを継げることができるはず。貴方は湾市のダンジョンマスターなのだから!」
光の中の影が笑う気配がする。
「彼が望まなくとも?」
「そんなことはどうでもいいのよ。彼は生きるべきだし、その可能性が少しでもあるなら、私はそれに賭ける!」
「どうでもいい、か。異界の仙女は思いきりがいいな」
「それが年の功ってものでしょ」
「なるほど。出口はそこだよ」
壁の一角に扉が浮かびあがる。
「ありがとう!!」
雑なお礼を言って、私は扉に向かって走る。
扉を抜けて走り出た部屋は明らかに医療施設だった。
けれど部屋の中央にはベッドではなく棺のようなものが置かれていて、私はぎょっとした。
しかしあれは私の知らない魔法具かもしれないと思い直す。
烏を抱えて走り寄ると、棺っぽいものの中には、王子の身体が横たわっていた。
汚れたシャツは替えられているが傷は手当てされている様子もなく、固く瞳を閉ざした顔には生気がない。
私の知る医療現場ではお決まりの、点滴のチューブや計器の電子音もなくて、これがどういう状況なのかよくわからない。
王子が『仮死状態を維持する』と言っていたように、仮死の魔法がかかっているのかもしれない。
スロウとかストップとか……?
「王子」
私はぐったりした烏をゆすり、王子の身体の上に掲げる。
「連れて来たよ! 自分の身体に戻って!」
烏の姿はフワリとブレると黒い霧のようになって消え、王子の身体に光の粒が降りそそいだ。
騒いでいる声に気づいたのか、医療スタッフらしき人たちがわらわらと部屋に入ってきた。
「王子! 眼を覚まして! 王子!」
私の怒鳴り声に反応して、王子が顔をしかめた。
ちょっと、失礼じゃない。
感動するところでしょ! ここは。
ゆっくりと瞼が上がり、透き通った蒼い瞳が真っ直ぐ私を見つめる。
「王子!!」
抱きつきたいが、さすがに自重する。
代わりに棺――ではない――のふちを握りしめて、呼びかける。
涙があふれて視界がにじんだ。
駆けつけてきたスタッフらしき人たちも大騒ぎで、医師だか魔法使いだかも集まって来た。
どうやら今までは仮死状態を維持するだけだったというのは当たりらしい。
仮死状態では治療は無効ということだったのだろう。
しかも、ほぼ絶望と思われていたようだ。
皆、意識が戻ったのは奇跡だと大さわぎしている。
まあ、魂を持って来たなんて自分でも冗談かと思うからね。
騒ぎの中に
「殿下!」
と、登場したのは黒服だ。
さすがに情報が早い。
王子に話しかけようとして、医師らしき人に止められている。
次に
「もう殿下じゃないだろう」
と不穏なことを言いつつやって来たのは、なんとコーサカ氏だった。
「無事の帰還お祝いするよ。後顧の憂いは断っておいたから、ゆっくり養生するといい」
満面の笑みのコーサカ氏の背後で、ヤナギ氏がヤレヤレといった感じに肩をすくめている。
「後顧の憂いって?」
王子の代わりに私が聞く。
「なに、先日エネルギー塔で事故があってね。皇国は解散した」
「はい?」
皇国って、解散するようなものなのか?
事故?
「―――というわけで君は晴れてカミクラ家当主となった。その祝いはまた改めて言いに来るよ」
私の方を見てこっそり親指を立てながら、言いたいことだけ言って部屋を出て行く。
何しに来たんだあの人。
てか、もしかして皇帝を暗殺したってこと?
ちょと待て。
話が急すぎてついて行けない。
「すまない。あれでもアオイは君のことをずいぶん心配していたんだ。君の意識が戻ったと聞いてすっ飛んで来るくらいにはね」
「ヤナギ! 早く来い!」
ヤナギ氏は軽く手を上げて、ユーサカ氏を追った。
「ほらみなさい、王子、みんな貴方の事を心配してたじゃない。一人でとんずらなんて許さないわよ」
聞こえているかはわからない。
魂が戻ったからか、王子の身体は仮死状態から重篤な状態へ移行して、医師と魔法使いが私にはよくわからない治療を続けている。
少なくとも私の知る医療の現場とはだいぶ違う。
王子の容態は予断を許さない、というところらしいが、私はあまり心配していなかった。
塔の魔女の盟約は、まだ果たされていないからだ。
根拠は私がそう思うから。
本人がそう言うのだからそうなのだ。
アモが、まだ会って間もない頃に『盟約は放っておいても勝手に果たされる』と言っていたではないか。
安心したら、アモやファルタに会いたくなってきた。
なんて思ったところに、別に会いたくはなかったもう一人の竜人族が突撃してきた。
「アカネ!!」
部屋をゆるがす大音声に、みんなとび上がった。
くりひろげられる阿鼻叫喚から逃れて、私は部屋を出る。
廊下に出てもまだ、大声が聞こえてくる。
やかましいが、あの男も王子を心配していたのかと思うとなんだか可愛い。
しかし、残念ながらこの組み合わせは私の萌え的にはいまいちだ。
あれはせいぜい王子と犬だな。
いやもう王子じゃないのか、と考えて今さら気づいた。




