97 アカネの告白2
「そして」
くり、と首を動かして私を見上げる。
「貴女が来た」
え、私?
「魔女の塔の話は有名だが、お伽噺だと思われていた。私はダメ元でファルタを塔へ送った。自分が行方不明になったら塔の盟約を使って捜して欲しいという依頼をして。セイカたちがそれを知って手を出すとは予想しなかった」
改めて聞くと、王子がどれほど必死に活路を求めていたかが胸に迫って息苦しくなる。
「セイカたちの横槍で仙女には迷惑をかけた。申し訳ない」
何言ってるのよ、そんなことどうでもいい。
何故もっと早く見つけてあげられなかったのか。
せめて今回だけでも。
微ラッキー、役に立たな過ぎだろう。
「仙女、なにを泣いている?」
不思議そうに首を傾げる。
「これで話は終わりだ。ループは解かれ、私は解放された。おそらくもう続きはない」
烏は下を向いて黙ってしまった。
「行くわよ、王子!」
烏を抱き上げ、問答無用でエレベーターホールを出る。
「どっち?」
烏は今までになくおとなしく抱かれている。
「その先の大きなエレベーターに乗って……」
声が小さくなる。
「オケ、王子は休んでて」
三機乗り継ぐと、今まで以上に高級感のあるフロアに出た。
いくつかエレベーターが並んでいたが、一番上の階まで行きそうな小さめのものを選んで乗る。
中に入ると、窓のあるエレベーターだった。
しばらく上昇すると窓の外が明るくなり、空が見えた。
そして―――
「わあ、王子、見て! 雪が積もってる!」
窓の外は雪景色で、しかもゲレンデだった。
「スキー場?」
「ああ……、ここは初代のコーサカが……どうしても造ると主張して造成したらしい」
眠そうな声で答えてくれるが、止まったエレベーターを降りると、いきなり外だった。
ゲレンデ直通にも程がある。
初代コーサカ氏はどんなスキーオタクだったんだ。
「さ、寒っっ」
空は晴れているのに雪が吹きつけてくる。
標高3000メートルはだてじゃない。
「上……へ……」
「ちょ、王子、眠ったらダメだってーっ」
遭難案件か!
あわてて烏を抱え直し、ゲレンデ上部へ向けて歩き出す。
ここへ来て突然の雪山ですか!?
富士山だって冬期は登山禁止なのに!
幸いにもゲレンデは圧雪されていて、雪は吹き付けていても積もるほどではないらしく、足が埋もれるということはなかった。
私たちの体重が軽いのもあるとは思うが。というか、烏はおそらく0グラムだ。
必死に歩き続けて、ゲレンデ上部近くにあったコテージのような所へ転がり込む。
これ以上外にいたら凍死してしまう。
コテージの中は暖かく、居心地良さそうな家具が配置された場所だった。
高級感がある。
もしかしたらここは、コーサカ家がプライベートで使うコテージなのかもしれない。
ゲレンデ直通の休憩所のような部屋から奥へ行くと、ダイニングルームやキッチン、ベッドのある客室などがあったけれど、出入口は他には見当たらない。
だまされた、と私は気づく。
「王子! 王子、返事して!!」
烏はぐったりと眼を閉じて、反応もない。
「こんな行き止まりに連れて来て、どういうつもりなのよ! 弁解しなさいよっ」
こんちくしょう!
見え透いたつまらない策略にのせられてたまるもんですか。
「絶っっ対、助けるからね! 盟約の強制力を甘くみるんじゃないわよ!!」
―――考えろ。
王子の言っていたことの何が本当で何が嘘だったのか。
おそらく嘘は、本人の居場所についてだけだろう。
最初から還る気はなかったのだ。
自分の身体のある場所がわからなかった。
湾市は父親の牙城で、不用意に歩き回ることも誰かと連絡を取ることも危険だ。
探して迷う時間は自分に残されていないとわかっていた。
そして彼の下した判断がこれだ。
私を冥地の辺縁に置き去りにするわけにはいかないから、湾市まで連れて来た。
湾市の地下で干物にするわけにもいかないから、上層まで連れて来た。
このコテージがコーサカ家の持ち物なら、父親の力が最も及ばないと思われる場所だ。
コテージの中をよく捜せば、きっと外部と連絡を取る手段があるだろう。
けれどそれでは間に合わない。
王子を助けるためには最速で彼の身体に辿り着かねば。
どうしたらいい?
彼の身体のある場所を知ること、そこへ行くこと。
私が出来ることは何?
微ラッキーアイテムはこの際おいておく。
それは盟約の力で、私の意思でどうにかできることではない。
ではダンジョンマスターとしては?
ダンジョン?
今、何かひっかった。
この都市にも、存在が噂されながらたどり着けないと言われた場所があったのでは?
どんな質問にも答えるという人柱。
人柱が本当にあるのかはともかく、質問に答えるという点は重要だ。
私の目的は一つだけだ。
王子の身体のある場所を訊きに行く。
やるしかない。
私は思い出す。
このゲレンデには、ゴンドラもリフトも無かったこと。
スキーオタクが作ったにしては、一番大事な設備が足りない。
ここがコーサカ家のプライベートゲレンデであり、初代コーサカ氏が湾市の基礎を築いた人物であること。
だとしたら、ゲレンデ下部から上部へ繋ぐ一番楽な移動方法を設置したはずだ。
―――転移陣。
ちょっとダンジョンを拡げてもらって、簡単な転移陣を設置する。
そんな我が儘も通ったのではないか。
だとしたら―――
気配は薄いが、ここもダンジョンの一角だ。
部屋の壁に向かい、手を着いて『最上層の部屋』へつながる扉を念じる。
私にとっても、扉の方が魔方陣よりも想起しやすかったからだ。
光るドアが壁面に浮かび上がる。
「見たか、王子! これが塔の魔女の実力よ!!」
動かない烏を抱きしめて、扉をくぐる。




