95 湾市にて3
どういう方向性だと迷信になるのだろう。
私からしたら、伝え石でも相当ファンタジーなのだが。
「湾市の建設が始まった頃、事故や災害が続いて計画が頓挫しそうになったという。そんな時、何をしたと思う?」
「え、うーんお祓いとか?」
「仙女のいた世界は本当に長閑なのだな」
いやまあ、私の住んでいたあたりは長閑だったけれど、世界で見れば戦争も飢餓もあった。それ程長閑でもなかったと思う。
「そこで行われたのは生贄だ」
「生贄……」
「ええと、何と言ったか」
「人柱……」
「それだ」
「その人柱をたてて地を鎮め、工事は無事進んだという」
なるほど伝説だ。
「そしてその人柱は今も最上層に祀られていて、訪れる者の質問に答えるとされている」
「え、ナニソレ、気持ち悪い」
「だろう? しかも、そこへ辿り着いた者も、人柱を見た者もいないとも言われている。だからこの話は迷信なんだ」
変な話だ。
それにしても科学ベースで作られているっぽい湾市に、いきなり人柱とは。
だがこの世界はもともと魔法有りだったのだから、一概に迷信とは言えないのではないか。
考えてもわからないし、王子もこれ以上語る気はなさそうだ。
ひたすら歩くうちに、今度はゴンドラのような乗り物が登場した。
とても建物内にあるとは思えない広々した空間に、様々な建築が積み重なって賑やかだ。
ただここも無人であり、今は捨てられた街なのだった。
ゴンドラを乗り継ぎ、湾市の中心部に近づく。
「中央には最上層まで続く空洞があって、その中心に中央塔が建っている。これが湾市全てのエネルギーをまかなっている」
空中を行くゴンドラに、烏と二人で乗りながら、しみじみ奇妙な旅だと思う。
ゴンドラを降りて、その先にある大きな扉をくぐると、巨大な空間が広がっていた。
円筒型をしたその空間は、向こう側の詳細が見えない程遠い。
直径数キロはありそうだ。
空間全体はぼんやりと明るいので、左右に通路がずっと続いており、階段や梯子がある様子も見える。
上は遙か彼方に収束していて、どうなっているのかはわからない。
そもそも湾市全体は円錐に近い形で、上に向かって細くなっているのだ。
そして空間の中央には、真直ぐな柱が立っている。
これが中央塔と呼ばれているものだと思うが、塔というより柱のイメージだ。
空洞の壁面の方には所々に黒い穴が空いている。
「あれらの穴には、かつて水が流れていた。ここが海の上だった頃は、湾市は水の都だった」
「じゃあ、植物なんかもいっぱいあったんでしょうね」
「そうだろうな。今は水資源は貴重なので、湾市内ではほとんど植物は見られない。何処かに植物園があったとは思うが」
「砂漠のド真ん中だものねー。さて、それじゃあ湾市の名所案内もしてもらったことだし、登山再開しますか」
「すまないな。もう少しだけ登って欲しい。中層に上がれば、エレベーターが使えるはずだ」
「えっエレベーターあるの?」
「中層から上層にかけては人の往来が多いから稼動している。乗り継ぎにはなるが」
「やったー。3000メートル登山しなくていいだけでラッキーだわ。富士山だって普通登山は五合目からだからね!」
烏の案内に従って、空洞の壁面にある階段を登って行く。
「それにしても人いないね。そんなに人口少ないの?」
「少ないのもあるが、今は人のいない場所を選んで進んでいるからな」
「え、そうだったの」
「貴女はいいが、この姿では住人のいるエリアは通りにくい。せめてもう少し小型だったら良かったのだが」
「そうねえ……たしかに動物って全然見ないものね」
「周囲の塩の砂漠には生物は棲めない。湾市の中では、居住エリアにはネズミや虫はいるが、中型以上の動物はいない」
「カラスは目立ちすぎるってことね。王子も命を狙われてたしねえ。どっちにしても人目につかない方が得策」
「中央塔の周囲はメンテンス業務用機器が多い。エレベーターも多数ある」
「さすが王子、くわしいねー」
「市の設計資料を見るのは楽しかったからな。データは手に入る立ち場だったし」
その趣味は微妙にマニアックだと思うけど、もしかしたら必要にせまられていたのかもしれない。万一の時の逃亡経路とか。
現にこうして役に立っている。
「王子、王子の御家庭の事情とか、聞いてもいい?」
烏が薄く笑う気配がする。
外に居た時のように鳴いてはくれないらしい。
「何が聞きたい?」
「王子は一人息子なの?」
「そうなるな。親父が正式に結婚したのは母だけで、他に認知した子もいない」
「お母様は?」
「もの心つく前に死んだので、人づてに聞いた話しかない」
「……ごめんなさい」
「かまわない。記憶に無い人間のことだ。親父は財産めあてで母と結婚したらしいと聞くが、本当のところは本人しかわからないだろう」
冷静だな、王子。
「親父が私を排除したいと思った動機も、同じくわからない」
―――そこまでの話は要求していないのですが。
「いわゆる親子らしい関係があったことは一度もないが、殺したい程憎まれる理由も思い当たらない。では逆はどうかというと、少なくとも私の命を狙うのをやめてくれればとは思うが、この状況では互いに排除し合うしか方法がない」
殺伐としすぎている。
でもまぁ、古来王家と呼ばれるような家系ではわりとありふれた事案だ。
見ため現代人だから常識はずれと思えるだけで、権力の頂点を世襲するというのはそんなものなのかもしれない。
彼の父親が『皇帝』を名乗った時点で敷かれていたレールなのだろう。




