93 湾市にて1
「無茶をする……」
「ここ、どこだと思う? 湾市よね?」
コンクリ壁の小部屋だ。
正面にスチールのドアがあり、上部に小さな電燈が灯っている。
私はためらいなくドアを開け、外に出た。
「ああ……おそらく地下―――市の基礎部分にあるインフラだろうな」
「さーて、やっっっと湾市に到着したわけだけど、どこへ向かえばいのかな。王子の身体がある所へ行かなきゃダメ? それともここからでも戻れる?」
「イヤ、ここから戻るのはさすがに無理だ。というより、おそらく目の前まで行かないと戻れないと思う……申し訳ない」
そういう仕様か。
「王子が謝ることじゃないよ。じゃあいっちょ身体探しに行きますか」
「仙女、気軽に言うが湾市は広い。縦にも横にも」
「でも、冥地から来たことを考えたら、どうってことないよ。私なんて、西の地の果ての峨山から王子を探して来たんだから。この世界の半分以上を歩いて来たんだよ」
「元はといえば私の依頼だったな。幾重にも感謝する」
「いやいや、金髪碧眼のザ・王子様をお助けできるなんて光栄のいったり来たりよ! 早く元の身体に戻って私の妄想を実現して!」
「じ、実現―――?」
「すみません失言です。気にしないで下さい。で、どっちに行きましょうね」
「それにしても、この場所に出たということは、ここもダンジョンなのだろうか」
「ダンジョンだったのはさっきの小部屋ね。誰が作ったか知らないけど、8番出口みたいなものが作りたかったのかも」
「8番?」
「ごめんなさい。それも気にしないで。どうもここは私の暮らしていた世界と似ているので、いろいろ思い出しちゃって」
「転生者の来る世界は、大醒嘯以前の世界とよく似ているらしい」
「王子はダンジョンマスターの誰かと知りあい?」
「いや、全てまた聞きだ。湾市にもダンジョンがあったとは先程初めて知った。およそ転生者は警戒心が強く、この世界の者と接触することを嫌う。新王国王はその点でも異質だった」
「私もそうだわね」
「峨山の仙女が塔を降りるのは、めったにあることではない。盟約のために塔の迷宮を登り切るには、並はずれた力が必要だ」
「ファルタは易々と登ってきたけど」
「竜人族も、めったに産まれない」
「二人も居るのに?」
「そうだな……」
王子は口をつぐむ。
ヒヤリとした空気が流れる。
まただ。
これも触れてはいけない話題なのか。
どこが地雷ポイントなのか、難しすぎる。
「さて、本格的に貴方の身体を探さないと。何処にあるか、予想される場所はない?」
意図的に話題を変える。
「地下や地上に近い場所はない。湾市は人口が減り始めてから、中、上層と外縁に居住区を移している」
「そもそも貴方の家はどこにあるの?」
「カミクラの家は上層でも中央塔に近い部分にあるが、そこへ運んだとは考えにくいな」
「まぁそれはそうよね。じゃあ大きな病院とか」
父親の手が及ぶところには置いておけないだろう。あの黒服やセイカは王子の直属で父親〈皇帝〉の命令には従っていないようだった。
カミクラの家の中でも勢力は割れていると見た。
「医療施設はそれなりにあるが、おそらく最高層部へ運んだのではないかと思う」
「ここは地下よね」
「そうだが?」
「天辺って3000メートルあるって話じゃなかった?」
「だいたいそのくらいだ」
「直通のエレベーターってある?」
「無いな。安全上の理由から、そんなものは造られない」
「デスヨネー」
「そもそも現在エレベーターが可動しているのは、中、上層の一部だけだ」
「つまり、富士登山開始ってことよね!!」
烏にはどうってことないかもしれないけど!!
まず地下を抜けるのが一苦労だった。
配管のうねる通路を延々と歩き、壁にとり付けられた梯子を登る。
仙女ボディの貧弱な腕力では、これも果てしなく時間がかかった。
静まり返った機械が置かれた場所を過ぎると、廃墟の地下街だった。
どのくらい放置されているのかわからないが、雨も風も当たらない閉ざされた空間なのでさほど劣化は進んでいない。
家具も什器も何一つ残っていない店舗の廃墟が続く。
うす暗い天井照明が生きているのが、せめてもの救いだ。
この地下街に、人々が溢れた時代があったのだろうか。店に商品が並び、さまざまな食事を提供するレストランが賑わう。
この巨大都市が建設された当時は、どれほど華やかな場所だったのだろう。
果てしなく続くかと思われた地下街が終わると、階段が現れた。
途中エスカレーターもあったけれど全て止まっていたし、上ってみると柵で塞がれていた。
それにエスカレーターの周囲は明かりが無くて暗く、登ることも現実的ではなかった。
階段は、これまた果てしなく続いていた。
一階分昇るごとにフロアがあるのだが、その奥もほとんど照明が無くてふみ込むのはためらわれた。
「喉乾いたーー水、水無いの一っっ」
「どこかに自販機があればいいんだが」
「えっ自販機? そんなものあるの。ていうか、そんないつ補給したかわからないようなもの飲めるの?」
「稼動していれば、メンテナンスされているということだ」
「そうなるのか……?」
「市内では、ロストテクノロジーになってしまった技術によって作られた械械が多数稼動している。それらは大昔の設定に従って今も動いているんだ。害はないので、大半は放置されている」
そんな話をした直後、昇ったフロアで暗闇の向こうにポツンと灯る明かりを見つけた。
「あれぞまさしく自販機!!」
なんでこれだけが動いてるのかまったく謎だけれど、とにかく数種類の飲み物が入っているようだ。
「いちばん無難そうな水にしておこう……と思ったけど、お金無いんですけど!?」




