92 湾市まで
「そうできれば、連絡をとって飛空艇を寄こすこともできたかもしれんが、この姿では誰にも話が通じない可能性もある」
「おお、そうか」
うーん、やっぱり王子は私よりずっと頭の回転が速いな。
若いし、そもそも地頭の出来が違うんだろう。聡明だ、優秀だという評は何度も聞いた。腹黒だとも言われてたけど。
「地道に歩くしかないのかー」
「悪いな」
「こちらこそ、役に立たない微ラッキーアイテムでほんと申し訳ないわー」
烏は楽しげに鳴いてとんぼ返りする。
微ラッキーアイテムという言葉がお気に入りらしい。
「仙女、良い知らせと悪い知らせがある、どちらから聞きたい?」
出たな、究極の二択。
「良い方」
「冥地の東のはずれまでたどり着いた。東西の距離でいうなら、渡市まではそう遠くない」
「やったーって、悪い方は?」
「この先は本格的に砂漠だ。本来装備も無しで歩けるような場所ではない。唯一の救いというか、可能性があるとすれば、私も貴女も人間ではない、ということくらいだ」
「あー、まあ、そうだけど……行くしかないよね。ここはいっちょ盟約とやらの強制的に賭けてみる!」
精一杯カラ元気をかきたてて、先に続く砂ばかりの大地を見わたす。
「行ってみよーっ」
「……暑い……冥地って涼しかったのね……」
ぽつぽつと愚痴を零しながら、砂地を歩く。
細かい砂に足をとられ、ただでさえ遅い足はますます重くなる。
「この砂の下には、昔は国があったんでしょ」
「そう伝えられている。古い大国や、様々の文化と伝統を持つ国が幾つもあったという。当時は、今の湾市と同等の文明が栄えていて、国々は多くの交通手段で結ばれていた」
私は一面の砂原を見やる。
イメージ通りの、ザ・砂漠だ。
砂が風紋を描き、丘陵が続く。
用語としての『砂漠』は、降水量の少ない地域を指していて、見た目的には荒れ地という方がぴったりくる。
岩石地帯はともかく、南極も砂漠だと言われてもちょっと納得しづらい。
「流砂があるから気をつけろ」
上から声が降ってくる。
烏はずっと頭上を飛んでいる。
「足をとられたら引き込まれる」
「はーい」
手を振って応える。
カラ元気だ。
喉が乾く。
王子は平気なのだろうか。
まっ黒だから暑そうだけれど、生き物じゃないから関係ないのか。
「醒嘯って、大災害なのねえ、なんで起きるかわからないの?」
「それはこの世の摂理の外にあることだからな」
「大なまずがうたた寝するとかなんとか聞いたけど」
「ナマズ……? が何かわからんが、この世界は地の底にいる大魚がみる夢だと言う……伝説だな。大魚は眠ることがないが、まれに微睡むと夢がゆらいで世界に異変がおきるとされる」
「なんで眠らずに夢をみてるんだろ」
「さぁな。所詮迷信の類だ」
「そう言っちゃ元も子もないでしょ」
無駄ロでも叩いてないと、やってられない。
暑い。
喉渇いた。
これ、無理ゲーじゃない?
冥地の縁を歩いていた時は、空腹も疲れも感じなかったけれど、砂漠に入った途端どっと来た。
立ちのぼる陽炎の向こうは、どこまでも砂の海だ。
砂に足をとられてよろける。
倒れまいと踏み出した足が砂に吸いこまれて、あっと思った時には膝まで埋まっていた。
「仙女!!」
王子の叫び声が聞こえる。
烏が舞い降りて来て、何を考えているのか私の肩を掴んで必死に羽ばたいている。
無駄すぎる。
その焦った姿が面白くて、危機的状況にもかかわらず吹き出しそうになったが、そんな暇もなく私と烏の身体は砂の中へ吸いこまれて行った。
吸い込まれた先は砂の中ではなく、うす暗い空間だった。
「ダンジョン?」
肌感覚でわかる。
ここはダンジョンだ。
肩を見ると服をがっしり掴んだまま烏が硬直している。
「王子、大丈夫?」
「……あ、ああ、ここはダンジョンか」
「そうみたい」
「なるほど、かつて人が暮らしていた地ならダンジョンがあってもおかしくない。その入り口のいくつかが流砂と呼ばれているのかもしれないな」
「ダンジョンマスターでなければ、他のダンジョンへ移動することはできないから、結果は同じかもしれないけど……」
暗い空間の隅の方にある白っぽい塊は見なかったことにする。
「でも私は」
えへんと胸を張る。
「ダンジョンマスターだから、自由への扉を開くことができるのよ!」
おそらく夜叉の王であるあの少女は、これを見越していた。
意味も無く冥地の外れへ飛ばした訳ではないのだ。
慈愛に満ちた哀しげな瞳―――
「行くわよ、湾市へ!!」
私は烏をがっと抱え、床にもう一方の手を着いて転移陣を浮かび上がらせる。
何度か使ううちに、どう操作するのかはわかってきた。
これも仙女ボディにインストールされている能力なのだろう。
一つの行き先を『湾市』に書き変える。
そしてそれに触れると、景色が一変した。
―――暗い。
暗いけれど、さっきまでの乾いた砂の匂いがする場所とは全く違う。
湿った冷たい空気と、所々に灯る明りに照らされて無機質なコンクリの壁と天井が見えた。
この、どう見ても現代的な造形はなーろっぱには無かったものだ。
どうやら無事湾市にはたどり着いたらしい。




