91 湾市へ
「王子、質問してもいい?」
「答えられることなら答えよう」
「ありがとう」
怒ってるとか拗ねているという訳じゃないらしい。
返事の声は平静だった。
「新王国の王は冥の禽に会って力をもらったような話をしていたけど」
「そうだな。冥の禽は超越者の眷属だからそのようなことができても不思議はない」
「本当かな。自分だけレベルアップ……レベルアップってわかる?」
「魔法の力が強くなったりすることだろう?」
「まあ、そんな感じね。で、レベルアップできるようにしてくれって頼んだって言ってた」
「普通、ダンジョンマスターはダンジョンに干渉することしかできない。だからゴーレムに魔法を使わせることはできても自分が直接使うことはない。仙女も魔法は使えないのだろう?」
「残念なことにそうね。他人の作ったダンジョンにも干渉できちゃうのは驚きだったけど」
「これは想像だが、世界中のダンジョンは全て繋がっている……言うなら一つのものなのではないかな。であれば、転移陣で行き来できることも説明が付く」
「あー、そうかも。出口とか入り口とか、別の階層以外の、別の場所にあるダンジョンにも転移できるものね。なにかこう……使える空間みたいなものがあって、それを拡げたり整備していくのがダンジョンマスターだと……」
「ダンジョンについては、我々はあまり知らないのだ。転生者についても、謎が多い」
「ダンジョンマスターは、ダンジョンコアというものと一緒にこの世界に来るそうよ。私はもらわなかったけれど、たぶん塔の盟約というのがそれに相当するんだと思う。そしてダンジョンコアはレベルアップするって」
「それなら、彼自身にダンジョンコアの能力を移したのではないかな。今までに無い力を与えたというよりは現実的だ」
「ならきっと、あの魔女っ子がもともとのダンジョンコアだったのよ。天使は青い麦を仕切っていて、猫耳娘は半妖を作ってた。魔女っ子は魅了された女たちを管理する位しかやってなかったっぽいのは、能力的な中身が無かったからだった」
「実質、単に王の手足だったのかもしれないな」
「あの三体のゴーレムの一つはダンジョンコアだったわけだけど、あれらの造型の意味ってわかる?」
「さあ? 羽の生えた人間と獣の耳がついた人間か? 何か意味があると?」
「あれは、私たちの世界では定番なのよ、いかにも中学生の考えそうなことだった」
「あの男は学生だったのか?」
「中二……15才というところかな。まだ子供だけど子供なら許されるっていう域を超えてた」
「ここでは15才はもう子供ではない。湾市では学生も多いが、それでも大人として扱われる」
「そうよね。どう見ても10才位のルニがあんなにしっかりしてたんだから」
「ダンジョンは成長―――レベルアップというのか―――する。普通はかなり長い時間をかけて階層を増やしていく。レベルが上がれば、魔物が強くなり、良い宝物も出るようになる。だから高位の冒険者は、古くて大きいダンジョンに行くことが多い」
「新王国王はダンジョンをレベルアップする代わりに、自分をレベルアップしてたわけか。きっと彼にだけ見えるステータス画面とかあったんでしょうね。ここがゲームの世界だと思いこんでたし。人をNPC呼ばわりしていたくせに女性を欲望のはけ口にするとか、やることが下劣すぎる」
「なんにせよ、あれはもう排除された。本当に……ようやく、だ」
烏だからいまいち表情が読めないけれど、王子は遠くを見るような表情でしみじみつぶやいた。
マズイ。
この話題は良くなかった。
王子のこの感じは、ずっと気にかかっているのだ。
なんというか、何事かを達成したにしては嬉しそうでもなく、ただ、やる事やり終えたからもう投げ出してしまってもいいよね―――というような。
その投げ出してしまうものの中に、王子自身も含まれているんじゃないか、とそう思わせるような危うさがある。
烏ではない本当の王子の姿―――傷だらけで荒い息をつきながら、それでも立ち上って新王国王の首に剣をつき立てたあの姿を見ているから、どうしてもそう思ってしまう。
私は王子を湾市に連れて行きたい。
盟約の強制力とかではなく、私自身の思いとして。
たとえ父親が貴方の帰還を望まなかったとしても、あの部下の人たちや、ファルタに腰ぎんちゃくと罵倒されていたセイカや、コーサカ氏もきっと、貴方の帰りを待ってる。
私も、金髪で青い目のザ・王子様が笑った顔を見たいよ!
かくして、私の中では『ザ・王子様救出作戦』が再スタートである。
「はっっっ!!」
「ど、どうした仙女」
突然すっとんきょうな声を上げた私にびびったのか、烏は岩の上から転げ落ちそうになった。
「なんで今まで気づかなかったの!? 王子! 飛べるんだから、さくっと湾市まで行けない? 私に付き合ってのろのろ進んでいる場合じゃないでしょ!」
「仙女……本当に今更だが、それはできない」
烏は体勢を立て直すと、溜息を落として言った。
「なんで!?」
「貴女から一定以上の距離をとろうとすると、この姿が維持できないのだ」
「え……」
「私だけ先行するというのは、残念ながら無理だ」
「……そっか」
確かに夜叉の王は、『連れて帰れ』と言っていた。
そういうことなのか。




