89 道連れ
王子〈カラス〉が先導して湾市への旅を進めることになった。
どう考えても、この世界の常識には全くうとい私よりは、王子がリーダーを務める方が良いに決まっている。
それに王子は高空から遠くまで見渡せる。
「ここは冥地の中央から南下した辺縁のようだ。湾市は方向としては南東に―――」
と言って、烏はぴょんぴょんと地をはねた。
うん、カワイイ。
「―――なるが、南へ行くと砂漠で踏破するのはむずかしい」
「うーん、このカルデラのヘリを東に向かって歩き続けるのが現実的ってこと?」
「とりあえずはそうするしかないだろう」
「どの位距離があるのかも分からないし……なんか不安。あの子、なんでこんな所に私たちを送ったのかなあ」
「あの子とは夜叉の王のことか? 大概不遜だな」
「だって普通の高校生にしか見えなかったし。地獄の王様だなんてピンとこない」
「夜叉の王は、王位争いの前は異界で育てられると言うからな。もしかしたら貴女のいた世界だったのかもしれない」
「えー、ほんとに高校生だったのかもしれないってこと? それはなんかかわいそう……あの子とても哀しそうだったもの」
「本来冥の禽は主を支えるものだ。それが暴走して勝手に人の魂を刈ってきたりするのでは、夜叉の国は崩壊の縁にあるのかもしれない」
「あ、そうか。新王国王が会った神というのは、あの禽の男だったのか」
突然思い出した。
「コーサカ氏は、禽は湾市とカミクラを恨んでいるって言ってた。それで貴方を捕まえて来いなんて言ったのね」
「―――まあ、そうだろうな」
「貴方も大変だったわね。父親の悪事のとばっちりなんて」
烏は楽しげに声を上げて笑い、くるりと跳ね上がった。
「クソ親父のハナをあかしてやっただけでも、上出来だ」
ううむ、こっちもだいぶ不幸だな。
いくら王家の事情と言っても、親子関係が不毛すぎる。その父親は生贄のように息子を差し出したのだろうか。
王子が蛇蝎のごとく父親を嫌うのも当然すぎる。
まっ黒なガラスの鏡面みたいな冥地を眺めながら、その縁を歩く。
コーサカ氏は『不毛の地』と言っていたが、これは不毛なんていう生易しいものではない。
ただ冷たい風が吹き抜けて行くだけで、生き物の気配はもちろん、動くもの、変化するものも何一つなかった。
「冥地は世界の北辺に位置している」
烏は少し飛んでは岩の上に降りることをくり返しつつ、私の遅い足に合わせて移動していた。
時折上空を飛びながらカアカア鳴いている。
楽しいらしい。
王子の声は実際に喋っているというよりは、伝わってくるという感じのもので、距離が離れていても問題なく聞きとれた。
烏の実声は鳥の声だ。
「これより北は、北方山脈で越えることはできない」
この世ならぬ場所を経由して飛ばされたので、どの位の距離があったかはわからない。
「なーろっぱ……オルトリや北方三国の辺りから見ると、どの辺になるのかなあ」
「大砂漠の中程よりはやや東寄りだろうな」
「こんなモタモタ歩いていても、いつになったら湾市に着けるかわかんないよね……なんとかファルタかセイカに連絡をとる方法はないかなあ」
「彼らが今どこに居るかもわからないし、我々の手元には何の機器もない」
「魔法は? 王子は魔法使えるんじゃないの?」
「残念ながら使えない。この烏の身体にも、そんな能力はないようだ」
「魔法がある世界なのに使えないって、二人とも残念すぎる。魔法使ってみたかったわー」
愚痴ると、
「仙女はダンジョンマスターなのだから、ダンジョンの中なら使えるのではないかな」
「え? えっ!? それ本当?」
「推則だが……新王国王を名告っていたあの男は、様々な魔法を使っていただろう?」
「う……そうかも? あんまりよく見てなかった」
というより、よく見てたな王子。
あの時はほとんど瀕死だったのに。
「そもそもセイカに対抗していただけでもすごい。竜人族は武術もさることながら、魔法を使わせても並ぶ者はない」
そういえばファルタはあの禽と、か×は×波の飛ばし合いをやってた。
「人間は魔法は使えないってきいたけど」
「そうだな。魔石があれば使える者も居る」
「あー、貴方の部下の人たちとか? あの黒スーツの」
「ああ、彼らは魔法を使う訓練を受けている。私はあまり適性が無かった」
今となってみれば、彼らも王子の行方を追って必死だったとわかるけれど
「峨山では彼らとセイカのおかげで酷い目にあったわー」
首を傾げる烏に、コトの顛末を語ってきかせる。
時間だけはたっぷりある。
どうやらこの冥地の辺縁は現実世界の縁でもあるらしく、いつまで経っても空は黒い程蒼いまま、日暮れも夜も訪れなかった。
のみならず、空腹も喉の乾きもない。
疲労も感じない。
どこまででもだらだらと歩いて行けそうだったが、時間の経過もよくわからない中で、
『遅くなってはいけない』
という警鐘が心の中で鳴り響いている。
岩の上にとまっている烏を見つめる。
「王子、大丈夫?」
烏は首を傾げる。
「何が?」
楽しそうにクワァと鳴いて高く飛び立つ。
上空をくるくる旋回している烏を見ながら、秘かにため息を落とす。
私は王子が心配だ。
あの時抱えた傷だらけの身体からは濃い血と膿の臭いがして、新王国の城に捕らわれていた間に彼がどんな扱いを受けたか、想像するにあまりあった。
そしてそんな状況に彼を追い込んだのが、実の父親であること。
人生に絶望するには十分だ。
けれど、彼はその程度でへこたれそうな人物とも思えない。
どうにも印象がちぐはぐで、何か今私が知っていること以外の理由があるのではないかと思われた。
それはたぶん、王子しか知らないことで、彼が話す気になった時にしか聞けないだろう。
今はただ『後の予定は無い』と言い、『父親を出し抜けただけで満足』『烏のままでいい』という言葉の意味をさぐりながら、彼に寄り添い続けるしかないのだろう。
それが塔の盟約の一部ならば、喜んで受ける。
私は改めてそう思った。




