88 烏(からす)
どちらかというと鳥だったようで、不器用に羽ばたいて体勢をたて直そうとしたが、失敗して地に落ちた。
黒い鳥。
小鳥ではない。
だが冥の禽のような巨大なものでもない。
―――どう見ても烏だ。
「なんで鳥ばっかりなの……」
思わず愚痴がこぼれる。
しかも黒い鳥ばかりだ。
烏が嫌いなわけではないが、不吉の象徴とされるのも思わず納得してしまう。
おそらく冥地と呼ばれているのだろうこの地の光景に、はまり過ぎだ。
にしても烏は相変わらず不器用に羽ばたきをくり返して、ようやく近くの岩の上に止まった。
「hgt%3;:(9ny\ ―――?」
は?
今、あきらかに話しかけてきたよね。
またバグ?
鳥語だから?
「……仙女、通じるか?」
え、この声って……
「王子……?」
烏は小さくクワと鳴く。
「良かった。王子なのね!」
「ありがとう、貴女のおかげでようやくあの男を排除することができた。感謝する」
「え、いやいや、戦ったのはセイカとファルタだし」
「貴女が居なければ、彼らをあのタイミングで召喚することはできなかった」
あー、それはあの微ラッキーアイテム効果か。
「そしてダンジョンマスターである貴女の力がなければ、あれ程たやすくあの男を倒すこともできなかった。転移陣で逃げられる可能性もあった」
「うん、まあ、それはそうかな。私もお役にたてて良かった。これで塔の盟約は完結したのかな」
「さて、どうだろう。私はこのざまで、ファルタとは会話もしていない」
「そ、そう言えば、その鳥の姿はあの禽の主人の女の子がなんとかしてくれたものなの?」
「そうだな。とりあえず魂のままではこの世界に戻れないらしい」
「あそこはあの世との境とか、そういう場所だったのね」
「そうらしいな。夜叉の王に会うなど、まずできる体験ではない。私も初めてだった」
「ああ……夜叉の王。そんなふうに呼んでたっけ」
「誰が?」
「コーサカ氏、知り合いよね? アオイくん」
烏はクワァと鳴く。
笑ったのだろうか。
「アイツか」
アイツ呼び、頂きました。
こちらも妄想はかどりそう!
とはいうものの、現在進行形であのみごとな金髪碧眼のザ・王子様は、黒い羽に黒いくちばし、くりくりした黒眼の鳥だ。
可愛らしいと言えなくもないが、妄想の対象にはならない。
残念すぎる。
「夜叉の王さまはよっぽど黒い鳥がお好きのようね。さっきは人間の姿だったけど、あれも鳥でしょ、プテラノドンみたいなでッかい鳥。黒ずくめの」
プテラノドンは鳥ではない。
鳥の先祖である恐竜ですらないが。
「冥の禽は眷属だからな。烏はその小型版ということか」
「ところで、この後どうすればいいの? いつまでも烏というわけにもいかないでしょ」
「まあ、あまり長い間身体から魂が抜けていると、戻れなくなるらしいが」
「まずいじゃない! ―――ていうか、あなたの身体の方は大丈夫なの?」
「飛空艇には医療設備もあるから、大丈夫……なのではないかな」
烏はくりっと首を傾げる。
「ええ!? 自分のことなんだからもうちょっと心配しなさいよ!」
「ふふ……私としては因果の論が切れただけでも充分だ。この後のことは、予定にない」
烏はまたクワアと鳴いた。
「何言ってんのよ。意味わかんない。あなたの身体は飛空艇の中にあるってことでオケ?」
「いや、おそらく湾市へ運んだろう。飛空艇の設備では長期に渡って仮死状態を維持できない」
「……てことは、湾市に行かなきゃならない?」
「そうなるな」
「ここがどこかもわからないのに!?」
思わず天を仰ぐ。
見上げた空は黒に近いほど深い蒼で、もしかしてここはずいぶん標高が高いのかもしれないと思った。
「いいわよ! わかったわよ! 行ってやろうじゃないの! 乗りかかった舟ってことでしょ。待ってろ湾市!!」
腕を突き上げて叫ぶ。
気合い入れないとやってけない。
「素晴らしい」
烏は、クワァ、クワァと鳴いて跳ねる。
「手があったら拍手するんだが」
烏の声は嬉しそうだ。
「私としてはこのまま貴女のペットというのも」
「嫌よ!」
即座に斬って捨てる。
「ゴスロリ女に烏のペットなんて、悪趣味以外の何ものでもないじゃない!」
サイアクだ。
「金髪碧眼王子様キャラを取り戻すわよ!!」
びしっと烏に指を突きつける。
「私の妄想振興計画に協力しなさいっ」
烏は目をぱちくりして、カクカクとうなずいた。
あー、王子様キャラで見たかったよ、その反応!
かくして―――
今度は王子〈カラス〉との二人旅が始まったのだった。




