83 大峡谷2
男は私たちを見つめながら、耳に手を当てる。
「殿下の飛空艇が見つかったようだ」
男の耳にはイヤホン状のものが見える。
あれは部下と連絡をとっているのだろう。
しみじみ、湾市の文化は私にとってわかりやすいと思う。
男と一緒に、見つかったという飛空艇の元に行く。
それは岩場の陰に隠れるように落ちていて、上空からも道の建設現場からも見えにくいであろうと思われた。
落ちていた―――というのは、前部を下に岩にはさまるような形になっていたからだ。
船体はかなり傷んでいて、どう見ても飛ぶことは無理そうだった。
ただ、燃えた様子はなかったので、爆発炎上はしなかったらしい。
飛空艇は揮発性の燃料を積んでいないので、炎上しにくいのかもしれない。
魔法は便利だ。
内部を捜索していたらしい赤髪の男が出て来た。ちらっと私たちの方を見たが、そのまま黒髪に報告を始める。
どうやら黒髪が上司のようだ。
「殿下が乗ってたことは間違いない。しかも最近まで中で生活していた形跡がある」
「生活……?」
「ここは敵地のド真ン中で逃げ場がないし、救助を待つのが最善だ。俺たちがもっと早く助けられていれば」
赤髪は苦々しげに言う。
そこへ空から大質量の男が降ってきた。
セイカだ。
ファルタが鼻に皺を寄せる。
どんだけ嫌いなんだ。
「この周辺にアカネの気配はない。血の臭いも無いから、連れ去られたことは間違いない」
イライラマークがセイカの周囲に飛びかっている。
この男、臭いって言った。
犬か?
気配とか言ってたけど、それもきっと匂いなんだろう。音なんかも聞き分けられるのかも。犬は人の匂いの他に、声はもちろん足音も聞き分けて個人を特定する。
「兵に見つかって連れ去られたとしたら、王都か……?」
黒髪が呟くのとセイカが動くのがほぼ同時だった。
竜人族は地を蹴ると一気に彼方の崖の上まで跳び上がった。
ファルタが以前『空は飛べない』と言っていたが、これならあの黒い鳥と空中戦もできそうだ。
跳躍という概念を超えている。
「セイカッ!」
黒髪の男は声をかけたが、圧倒的に遅すぎる。
「王都に行ったと決まった訳でもなかろうに。まったくあいつは馬鹿の上に慌て者だ」
ファルタの評が相変らず容赦ない。
それにしてもやっぱり犬なのかな。
すごく犬っぽい。
考えるより前に走り出してるところとか。
「お姉さん」
今まで一言も発しなかったルニが、私の袖を引いて話しかけてきた。
「何?」
「王さまは今、たぶん新都のお城にいると思います」
「新都って、ルニが居た所よね。あの城?」
「はい。私があのお城に連れて行かれた時からずっと、お城の中にいます。王さまの所に連れていかれたなら、あのお城の中だと思います……。その人は綺麗な女の人ですか?」
ルニが賢すぎる。
会話の断片的な内容からアカネ王子の居場所を推定するとは。
王子を女性と思ったのはご愛敬だ。
「王さまは、綺麗な女の人しか側に寄せません。城の上の方には女の人が集められてました」
ご愛敬どころか、理由がありすぎた。
「偉いわ、ルニ。王子はきっとあの城にいるわね」
後半は男たちに聞かせる言葉だ。
ルニの手を握り、頭をなでる。
「すぐ飛空艇を離陸させろ、セイカを追う。仙女殿は」
「私は転移陣で戻る。少しでも速い方が良いでしょ」
「ヨシ、セイカの鼻をあかしてやる」
ファルタさん、そういう話ではないんですが。
飛空艇組と別れて、転移陣のあった場所へ戻る。
私は足が遅すぎるので、ファルタに抱っこだ。
さすがに抱えられるのはキツすぎるので、肘の上に乗るみたいな形で担いでもらった。
ルニはアモに背負われている。
のんびり旅をしていた時はわからなかったけれど、アモは結構力もあるし足も速い。
もちろんファルタとは比べものにならないけれど 、並みの人間よりは断然高性能だ。
どうりでファルタの高速移動にも耐えられたわけだ。
あっという間に谷を抜け、青麦のダンジョンを横切って崖に描かれた転移陣までやって来た。
新王国王の転移陣は、魔方陣ではなく扉の形をしている。
これはダンジョンマスターの好みで変えられるのだろう。
「行くよ」
私はファルタの手を握り、アモとルニはファルタに掴まる。
私は転移陣を起動すべく手をさし伸べた。
「!!」
一瞬の判断だった。
扉に伸ばした指先が光る文字に触れようとした時、私は思いきりファルタの手を払いのけた。
そこに現われた文字が、先刻見た『新都』ではなかったからだ。




