82 大峡谷1
「ここが……大峡谷? もしかして」
「そうだな」
ファルタが即答した。
「来たことある?」
「ああ、何も無いただの谷だ」
「今は新王国が道を造っているらしいけど?」
「あるとしたらこの先だな。さっきの麦は、奴隷の為の食料だろう」
ぞっとする。あの麦の出来る様子を見てしまったら、それを食料にするなどおぞましすぎる。
「あの麦は、青いまま穂を出してそれを刈ることができます」
いきなりアモが説明を始めた。
「刈りとった籾はそのまま粉に碾いてパンを焼くことができます」
「え、脱穀とかしないの」
「しません。そもそも半分魔物のようなモノです」
「植物の魔物……」
「これを食べた人間には魔物の種が植え付けられます」
気持ち悪い。
「すぐに麦になるわけじゃないのね。どんなタイミングで麦になるの?」
アモが詳しいようなので、訊ねてみる。
「死んだ時ですね」
え、じゃああの村の人たちは、単にいきなり麦が生えてきた訳じゃなく、突然死んで麦が生えてきたということか。
じゃあなぜ村人が一斉に死んだのか、はわからない。
おそらくあの天使のゴーレムと関係あるのだろうということくらいしか。
それは今考えても仕方ないので頭から追いやり、改めて大峡谷を見渡す。
確かにおそろしく深くて広い谷だ。
崖の高さは超高層ビル以上ありそうだし、幅も数キロはあるだろう。
中心部のもっと深い所には河が流れていそうだ。
谷底にはまばらに木が生えていて、岩がゴロゴロしている。
いったいどのあたりに道を造っているのだろうか。
麦畑のあるダンジョンからそう遠いはずはないから、この近くではあるのだろう。
そう思ってよく見ると、少し先の崖に細い筋のようなものがある。
よくよく見れば、人影が動いている。
あれが道か。
思ったよりだいぶ小さい。
まさに、辺境のダンジョンから下った道と同じ位の細い道だ。
あんなものを造るために、各地で奴隷狩りをして男手を集めているのか。
そうまでして谷の東にあるという竜骸を湾市と争って手に入れたいのか。
確かに竜骸は資源として有用な物らしいけれど、この新王国にそれを活用できる技術があるのか疑問だ。
単に湾市と張り合いたいだけなのか。
コーサカ氏は、新国王の動機はコンプレックスだと言っていたが、この光景を見たらありそうな気がしてきた。
ハリボテのような城。
ひたすら人を使い捨てにして省ることのない冷酷さ。
ホラー映画顔負けのおぞましい所業。
そんなことを考えていたら横でファルタが空を見上げた。
その目線の先には、染み程の黒い点。
しかし見る間に大きくなると、それは飛空艇であることが見てとれた。
コーサカ氏が乗っていたものより、だいぶ大きい。
たしかコーサカ氏は『軽飛空艇』と言っていた。
それに比べたらこちらは重量級、軽自動車と10トントラック程の差がある。
―――と思ったら、飛空艇からバラバラと何か落ちて来た。
そして爆発する。
そう、落ちてくるなら爆撃に決まっている。
幸いにも爆撃されている地点はかなり遠く、飛空艇がこちらに来る気配はない。
飛空艇はしばらく谷の上を旋回しながら爆撃をくり返していたが、やがてゆっくりと高度を下げ始めた。
「行くぞ」
ファルタの提案はいつも問答無用だ。
私たちは、ファルタに引き連れられて飛空艇を目指した。
飛空艇の着陸地点にたどり着く頃には、戦闘はとうに決着がついていた。
生き残った新王国の奴隷と兵士は一か所に集められていた。
ロボットと思われる機械が見張りに付いている。
死人はすでに麦が生え始めていて、湾市の兵士はあたりに展開していた。
私たちを見ても攻撃してくる様子もない。おそらく飛空挺側は近づく私たちのことははっきり認識していたのだろう。
―――と思っていたら、ものすごく久しぶりに見る顔がやって来た。
峨山で魔法攻撃をしてきた黒ローブの男だ。
二人組のうち、黒髪の方だけだった。
今日はローブは着ていない。
コーサカ氏と同じくスーツ姿だ。
「仙女殿」
黒髪は、ファルタもアモも、もちろんルニも無視して私を名指ししてきた。
「以前は失礼した。非礼は幾重にもおわびするが、我々は殿下の行方を追っている。どうか御協力願えないだろうか」
めっちゃ都合の良いこと言ってるな、と思うがウソは無さそうだとも思う。
王子を見つけるには、協力した方が得策だろうか。
ファルタは嫌そうだが。
これはたぶん黒スーツじゃなく、一緒にいるであろうセイカという男の方を嫌っているのだろう。




