08 人里まで
気軽な調子で『服を調達に』なんて言われたから、すぐその辺に町があるのかな、なんて思ったけれど、異世界舐めてました。
その日一日中歩いて、夜にはキャンプ。アモが火を熾してくれたので暖かい飲み物とささやかな食事にはありつけたけど、ほんとささやかだな、コレ。
パンは朝食べた分で終わりだったらしく、夕食はグラノーラみたいなものを雑草と煮たスープだけだ。すいません、パン食べちゃったのは私です。量も少なめですね。当然私の分は予定外です。
私が文句言う筋合いではないので、もちろんありがたく頂きました。
アモはテントなんかは持っておらず、二人してその辺に草を敷き詰めて眠った。これが旅の標準なのかと聞いたら、だいたいこんなものだと言われた。過酷だな、異世界。そろそろ身体が痛い。
それでもそんなのまだマシだったのだと、三日目の朝思い知ることになった。
「痒いーーっ! なにこれーっ」
虫に喰われた。この世界に来て初めて。ずっと虫いなかったから、油断してた。左脚に小さな赤い斑点がぽつぽつぽつ……これは蚊じゃない。ダニかなにかだ。
ううう、痒すぎるっ
異世界もの読んでる時いつも疑問だった。森の中とかで、虫に喰われないのかなーと。
なにもこういうとこだけリアルでなくてもいいのに。
「仙女さまも虫に喰われるんですかー」
暢気な声が痒みを増加させる。
「痒み止め持ってない?」
「無いですねー」
アモは虫に喰われないのか。
「でもー、虫除けはありますよー」
さっさとそれを出してくれれば良かったのに。
「仙女さまが虫に喰われるとは思わなかったのですよー」
「私は特別な力も無いし、普通にお腹も減るし虫にも喰われますっ」
ふて腐れてやる。
そもそも異世界転生っていったら、神様なんかが出てきてチート能力をくれたりするものじゃないの。
転生先が、やり込んでたゲーム世界でこの先起きる出来事を識ってたり。なにかしら特典が付きものなのに。
私は手持ちの札が弱すぎる。
ちょっとばかり身体が軽いのと、怪我しづらいのと―――ん? もしかして、痒みも止められるのか。
じっとぽつぽつを見ながら、心の中で『痒くなくなる~痒くなくなる~』と唱えてみる。
なんとなく赤みが退いてきたような気がする。
しばし集中していると、痒みはほとんど気にならなくなった。
仙女の力バンザイ!
でもまた喰われるのは願い下げなので、アモに虫除けを貰って手脚に塗りたくった。リアル世界の蚊除けと似たような匂いがした。
それにしても。
「昨日まで虫なんかいなかったよね」
気づけばぷーんとそこらを横切っていくものが幾つもある。
「ここはもう峨山じゃないからですねー」
「そうなんだ」
「そうですねー。そろそろ危険な魔物なんかも出るかもだから、気をつけていきましょ」
ちょっと待て。
今、マモノって言ったか、ケモノじゃなく。
「魔物? モンスター?」
「ですねー。それほど大型のは出ないですかね。ここらではあんまり見たことないですねー」
「人を襲ったりする?」
「魔物はたいてい襲ってきますねー」
異世界危険すぎる。
リアル世界の獣は『たいてい襲って』きたりしない。ほとんどは人を見たら逃げていく。
人間は生態系の頂点に君臨する文句なしの最強種だからだ。そういう理屈が分からない虫とかは襲ってくる。
魔物は虫なのか。
いやいや、生態系が違うのだから魔物の知性が虫並みだと決めつけるわけにはいかない。
「魔物はだいたい頭悪いですからねー」
やっぱり虫なのか。
「どんなのがいるの」
「んー、いろいろいますよ。大きいのも小さいのも、動物っぽいのも植物っぽいのも、岩みたいなのも」
○ケモンか。
ちょっと見てみたい気もするが襲われるのは勘弁なので、出遭わないように祈っておく。仙女の祈りなら、効果があるかもしれない。
祈りの効果があったのか、魔物には遭遇せず、虫除け効果で虫にも喰われないまま昼過ぎには初めての人里に辿り着いた。
いかにもファンタジー世界の『村』という感じの場所だった。
現代日本では村は行政単位で意外と広い。高速道路を行けども行けどもずっと一つの村内だったりする。
集落という意味では、道路沿いにぽつぽつ家が建っていて学校や神社仏閣なんかがあったりするイメージだ。これも移動手段は車になるし、それなりに広い。
そんなリアル日本の村とは全く違って、異世界のこの村はなんか祠っぽいもののある小さな広場を中心に、十軒ほどの家が集まっている。
家は一階屋で壁は石積み、屋根は藁葺き(素材が藁なのかどうかは定かでない)だった。軒が低く、窓は見当たらない。中は暗そうだ。家々の屋根から、わずかに煙が上がっている。
アモは真っ直ぐ広場を抜けて外れの家に向かった。
村の子供達が私たち二人を遠巻きにしてついてきた。村を横切るわずかの間には、大人の姿は見かけなかった。
「戻りましたー」
ノックもせずに扉を開けて、アモは家の中へ入った。ノックの習慣があるのかは知らないが。
私も続く。下へ三段ほど階段があって、家は地面を掘り下げて立てられているのだとわかった。どうりで軒が低いわけだ。
家の中では火が焚かれているらしく、煙の臭いがした。暗くて最初は何も見えなかったが、目が慣れたら中は土間で真ん中に囲炉裏のようなものがあるのがわかった。細く上がる煙は、天井に抜けていく。
土の床は乾燥していて家の中は仄暖かく、思いの外居心地は悪く無さそうだった。多分土を乾燥させるために火が焚かれ続けているのだろう。
「早かったね。依頼の品は採れた?」
言いながら奥から出てきた人は、私を見ると絶句した。
「あー、ちょっと予定外のことがあったのでー、早めに切り上げてきました」
アモはその人の様子にお構いなく、のんびりした調子で続ける。
「頼まれてた薬草は二種類しか採れなかったですー。すみませんです」
「いや……そんなことどうでも……」
まじまじと見つめられて私は視線を逸らした。そんな珍獣でも見るような顔しないで欲しい。この世界のマナーはどうなってるのか。
「あ、こちら、サヤさんです」
これ以上なくさらっと紹介したな。
「サヤさん……て、あの……峨山の仙女さま……であられるますか」
こっちの人も変な敬語になってる。
「あ、そういうの気にしないでください。道に迷ってるところをアモさんに助けて頂きました」
にっこり笑って手を振っておく。
この人もアモと同じで『仙女』が分かるらしい。やりとりからすると同業者だろうか。
これといって特徴の無い、というか、平凡を絵に描いたような中年女性だ。ザ・村人な厚手のブラウスみたいな上衣にくるぶし近くまであるたっぷりしたスカート、そして濃い色味のエプロンをしている。
明かりが屋根に空いた煙出しから入る光くらいしか無いのではっきりとは見えないが、アモの服に比べると圧倒的村人感だ。
「それで……仙女さまの御用は……」
「とりあえず人捜しです」
「はあ……どなたかをお捜しと」
そうだね。
まず見つけるのはあの美形剣士だけど、美形剣士のお願いも人捜しだったはず。どっかの王子さま。
名前忘れたけど。
異世界に来てやることが連続人捜しってどうなのよ。
普通、魔王退治とかじゃないのだろうか。普通かどうか知らないけど。
「それでー、服と靴を用意して欲しいです」
「服と靴……」
あっさり言ったアモに、相手の人は困惑したように返す。




