07 第一村人
アモと名のった第一村人―――旅人か―――の用意してくれた食事は、こんがり焼けたパンと甘くないジャムのようなもの、雑草のスープだった。
三日ぶりのちゃんとしたご飯はまさに天国の味だった。
今度はゆっくり味わって食べながら、私はどこから話を切り出したものか迷っていた。知りたい事は山ほどあったが、ありすぎてとっかかりが掴めない。
「あのー」
迷う私より先に、アモが口を開いた。
「仙女さまはーここで何をしてるんですか」
それは私が聞きたいよ! と思うがとりあえず疑問を返そう。
「なぜ私を仙女と言うの?」
「え、だって、仙女さまですよね。見れば分かりますけど……」
なぜだ。もしかして明らかに人間とは違う容姿だったりするのか。怖い。
「見た目で分かるほど違う?」
顔を撫で回してみるけど、目は二つだし鼻と口の位置も変わらない。
「あー、そういうんじゃなくて……うーん、普通のヒトには分からないかもです。私はアモだからー」
あれ。アモというのは個人の名前じゃなくて種族名とか職業だったのだろうか。
「仙女って、いっぱい居たりするのかな」
「はあ? まさか。峨山の仙女さま一人ですよ」
「あの山が峨山?」
「ここらもずっと峨山です。仙女さまはそういうことあんまり知らないんですか」
あまりどころか、全然知らない。
「このへんはもうだいぶ麓ですけどー。それでも聖域だから普通のヒトはあまり来ないです。獣も虫もいないし」
なるほど。
「アモはなにをしに来たの」
「薬草を採りに。あと、イソが手に入れば良いなーと思って」
イソって何、と疑問は湧いたけど今はあまり関係なさそうなので流しておく。
「峨山の仙女さまは盟約の塔の上に棲んでいてー、塔を登った者の願いを叶えてくれるって話ですけど……」
アモの口調が懐疑的になる。
あー、確かにそんなこと言われた。言われましたけどね、うん、私には無理そうですね、どう見ても。
「なんかいきなりそんなこと言われて困ったんだよね。人違いなんじゃないかと思う」
「あの塔から来たんですよねー」
アモは彼方に見える塔に目をやる。私もつられて朝日に白く輝く岩山を見つめた。
「それはそうだけど……私は目が覚めたらあそこに居ただけで」
「なら、間違いないですよー。塔には魔物がいる部屋が百階あって、それを越えた者だけが仙女さまの所に辿り着けるって言い伝えられてますー」
おお、ダンジョンものの定番だわ。ということはあの美形剣士はその百階を制覇したわけか。なるほど黒髪長髪が呆れてたはずだ。
「でも私には願いを叶えるような魔法の力なんて無いし、この世界のことも何も分からないし」
「それはー、もしかしたら代替わりがあったのかもです」
「代替わり……」
「仙女さまの御霊は千年経つと塔から去ってしまって、新しい御霊が宿るって聞いたことがあるです」
さらっと怖いこと聞いた気がする。千年て……。
でも、その話は真相に近いかもしれない。異世界転生だか召喚だかにしっくりくる。
それにしてもいろいろ詳しいな、この子。
「それはわりと常識なの?」
「いえー、普通のヒトはたぶん識らないですねー。私はアモですから」
また出た、アモ。
「アモっていうのは、あなたの名前じゃないの?」
「あー、私の名前でもあるし、職業でもあるですね。アモの仕事をする者はみんなアモを名のります」
屋号みたいなものかな。
「どういうお仕事?」
「摂理の綻びを繕います」
いきなり難しいな!
詳しく聞くのは後回しにしよう。
「私はこの世界のことが何もわからないんだけど、これからどうしたらいいかな。食べるものとか着るものとか……靴も欲しいんだけど」
アモは私をしげしげと見て、納得したようにうなずいた。なにしろ破れた服とその布で作った靴だからね。
「んー、仙女さまと盟約を結んだ者はどうしたですかね」
美形剣士か。
森の乱闘でどこかへ行ったきりだ。
「はぐれちゃって」
「はあ……」
アモはちょっと困ったような顔をしたが、すぐに真顔になると私を真っ直ぐ見た。
「塔の盟約は摂理に組み込まれたもので、決して違えられることはないのですね。その者とは直にまた会うことになりますけど、それまで私がご一緒します」
「ええっ、いいの」
さらっと言われて驚いた。それは願ってもない。
「峨山の麓で仙女さまに出会ったのは、間違いなく摂理の導きですからー」
「うわあ、よろしくねーアモ」
やった!!
少なくとも当面餓死の危機は回避した。
嬉しさのあまりガッツポーズ。アモは変なものを見るような目で見てたけど。
「それから私のことは、仙女さまじゃなくてサヤって呼んでね」
がしっとアモの手を掴んでぶんぶん振る。
「ああ……はい、サヤさん」
小躍りしていると、辺りが不思議な色合いに染まっていくのに気づいた。見上げた空がキラキラしている。
そのキラキラが降ってきて、私たち二人の周りに渦を巻いた。
「イソ……」
アモが素速く懐から小瓶のようなものを取り出して掲げると、キラキラの流れは吸い寄せられるように瓶の中に入っていった。
異世界に来てから最高にファンタジーな絵面だ。
「さすが仙女さまの御利益はすごいですー。こんなにイソが手に入るなんて」
御利益……
横町のお稲荷さんになった気がするが、まあいいか。
アモの持つ小瓶の中のキラキラは、いつの間にか真っ黒になっていた。究極の黒かというような漆黒だ。
それを懐にしまいながら、アモはホクホクとした笑顔を私に向ける。
「じゃあ、どこかで服を調達しましょうかー」
こうしてようやく、異世界の旅が始まった。




