77 城
「明日にはイオルドの元王都に着きますー。王都は今新王国の領都になってますからー、たぶん屋根のある所で寝られますー」
いやそこはウソでも宿に泊まれると言って欲しかった。
でもその領都がどんな状態になっているかは全くわからない。
人っ子一人いない街道を歩いて来て、領都に入るのは、期待よりも不安の方が大きかった。
かつての王都には城壁と大きな城門があった。
けれどそこには門衛もおらず、門の前に列を作る商人たちの荷馬車も無かった。
流通が絶え、兵士の姿も消えた都。
すでに都市としての機能を失っているのではないのか。
街に入っても人通りはない。
ただ木組みの家が道の両側に並んでいるだけだ。
そして街の中央であろう方向に、巨大な建造物がそそり立っている。
夕陽をはじいて赤くそまった壁面は美しいというより禍々しさの方が強い。
所々に窓らしき黒い穴はあるが、全体にのっぺりとした造りで、ややざらついた質感はシュガーローフを思わせた。
つまり砂で造った巨大な円錐だ。中央部がやや膨らんでいて、ラグビーボールを半分に切って立てたような形といった方がより正確かもしれない。
街の人たちは皆、あそこに集められているのだろうか。
「あれが新王国風の城ってことかな」
ぼそりと呟く声に軽蔑が滲んだのは間違いない。
見ているだけで不快な建造物だった。
美意識以前の問題だ。
街路をたどって近づいて行くと、城の底部で人が動いているのが見えてきた。
意外と多勢だ。
兵士ではない。
何かを運んだりしているらしい。
どうやら近くの家を解体して、建材を運び入れているようだ。
もっと近づくと、女性ばかりなのがわかった。
結構危険を伴う肉体労働なのに、女性ばかり。
しかもかなり年若い、というか子供も混じっている。
誰も監督したり命令もしていないようなのに、皆休んだりせず働いている。
一見長閑にさえ見える風景だが、さっきからファルタの警戒が肌で感じられる程強くて、あまり近づくのは躊躇われる。
物陰からのぞいていると、驚いたことに知った顔を見つけた。
「ルニ!?」
思わずこぼれてしまった声に、子供が反応した。
ルニはこちらを見ると、
「お姉さん」
と駆け寄って来た。
良かった。元気そうだ。
私を覚えてた。
「ルニ、元気にしてた? どうやってここへ来たの?」
「街に王さまがいらして連れて来てくださったんです」
え?
ニコニコして言うことなの、それ?
「ルニだけ?」
「奥様は赤ちゃんがいたから、お城の中に行きました。旦那様は兵士にとりたてられて、大峡谷の方へ遠征されてます」
すらすら答えてくれたけれど、言ってる内容は衝撃的だ。
あの商人夫婦の、夫は戦争奴隷にされて、妻の方はおそらく城のどこかに幽閉されている。
その現実を、ルニは『良いこと』のように語っているのだ。
「王さまはすごい方なんです。街にいらした時も、ちゃんと一人ずつに、これからどうしたらいいか示してくださいました。私は王さまと一緒にここへ来られて、とても嬉しかったです」
―――気持ち悪い。
こんな子供が、圧政をしいている王を賛美している。
ルニはとても賢い子だった。
大人顔負けの分別もついていた。
口先だけの言葉にだまされたりはしないだろう。
だとしたらこれはいったいなんなのか。
「サヤ、退くぞ」
いきなりファルタの宣言が聞こえたと思ったら、景色がブレた。
気づくと、荒れ地の地べたに転がっていた。
目眩と吐き気で地面に手を付いたまま立ち上がることもできない。
仙女ボディの物理耐性は人間並みなのだ。
ファルタの高速移動に耐えられるようにはできていない。
吐き気のあまり地面に向けて口を開いたら、吐き出されたのは泣き声だった。
そんなつもりは無かったのに止められない。
雨の降る荒れ地の泥の中に座り込んだまま、私は泣き喚いていた。




