76 新王国へ
局面が動く、というのはこういうことなのだろう。
そう考えれば、宿でぐうたらしていた私の行動はアモの訪れを待っていたということになるのかもしれない。
なんにしろ、何かしらの力に後押しされて今までとは質の違う冒険の旅が始まったのだった。
―――と大仰に構えてみても、旅の内容がそう変わる訳ではない。
ゴスロリ衣装セットに含まれる傘は布で、雨天には役にたたず、雨ガッパもない。
一日歩けば全てびしょ濡れだ。
それでも、いつでもどこでも新しい服が届けられるのが異世界通販のすごいところで、私は宿に着くたびに新しい服を注文して着替えた。
濡れた服を着続けなくてすむのは、なによりだった。
ピザは、アモにも大好評だった。
そんな旅を三日も続けると、アモが最初の目的地と指定したルランの街に着いた。
ルランはフェンスという国の第二の街で、新王国の支配下に入ったと伝えられる北方三国との国境にも程近い。
ルランの街は、今まで通った街とは少し様子が違っていた。
門だけでなく街なかにも兵士がうろついている。
住民たちは怯えるように小走りで道を駆けて行く。
明らかに新王国の侵攻を警戒しているのだ。
かろうじて宿はやっていたが、客は私たちだけだった。
これから北へ向かおうなどという物好きはいないだろうし、北からやって来る客もすでに無いようだった。
物資の流通も止まっているのか、夕飯はカビかけたパンとクズ野菜のスープだけだった。
夕飯の給仕をしてくれた女性をつかまえてたずねてみる。
「北方三国が新王国に征服されたっていう噂は本当だったんですね」
「そういう話だよ。ここらも、伝手か金のある者は南へ逃げ出してる。アタシは店以外財も無いし、酷いことにならないのを祈るばかりさ」
「フェンスの軍は護りにはついてないですかー」
「王都ならいるかもしれんがねぇ、ここいらまでは来ないね。長いあいだ戦なんかなかったからねぇ……」
コーサカ氏は、この付近が大醒嘯の被害から復旧したのは最近だ、と言っていた。
つまり長い間戦争する余裕など無かったということなのだろう。
だから、このな―ろっぱの国々は平和の均衡を保ちながらゆるやかに発展して来た。
大規模な戦争をする程の兵士もいない。
武器や兵站も無い。
とにかくまず人口が少ない。
村だと数十人、村よりは大きめな町でも、百人位。
領都などの街で五百人に届かないレベルで、王都でもおそらく千人を超えることはない。
なーろっぱは国が小さめなので、一国の人口が万を数えることはないだろう。
そして冶金技術も低い。
せいぜい釘や鍋釜、剣、槍の穂先くらいしか造れていない。
全身鎧も見かけないし、大型の兵器も無いと思われる。
こんな世界で大規模な消耗戦などできようもないのだ。
せいぜい国境付近での小競り合いがたまにある程度だったろう。
そんな何もかも乏しい世界に投げ込まれた異物が新王国王だ。
アモが『締び』と称するのも当然である。
人々は、新王国が攻めてくるかもしれないとわかっていても逃げるか隠れるしかないのが実状なのだ。
外は陰鬱な雨。いつ新王国が攻めてくるか、奴隷狩りがやって来るかもしれない不安、物資の流通が途絶えた事による食料不足。
明るい話がどこにも無く、街は重苦しい沈黙に沈んでいるようだった。
だが
「雨は明日は小止みになるみたいですー、朝早く発って距離を稼ぎましょー」
と、一人元気な異分子が紛れこんでいる。
アモ、絶対キャラ変わってるよね。
こんな言動する子じゃなかったはず。
アモの勢いにひきずられるようにして国境を越え、新王国支配下に入る。
ついこの間までイオルドと呼ばれていた、北方三国の国だ。
国境と言っても何があるわけでもなく、壁も柵も、検問もなかった。
ただ、だらだらと道が続き、いつの間にか国が変わっていただけだった。
そして道沿いには村の焼け跡が点々と残っている。
といっても焦げた柱や竈の跡が残る程度で、人影はもちろん、遺体すら無かった。
「村人はみんなどこかに連れて行かれちゃったのかな」
「ですねー。軍が攻めて来たというよりは、奴隷狩りが焼き打ちしたのでしょう」
想像しただけでげんなりする。
人手が入らなくなった畑は荒れ放題になっている。
国家運営の基本のキである食料生産を放棄して、国が成り立つのだろうか。
他国から奪い続けるやり方は、いずれ行き詰まる。
もし仮に新王国の支配から抜け出すことができたとしても、この村で生活を立て直すことができるだろうか。
それは酷く難しいことのように思われる。
焼け跡に雨が降る薄ら寒い光景は、そんな未来を象徴しているかのようだった。
焼け跡をさけて、小さな森などいくぶんかでも雨に当たりにくそうな場所で野宿する。
そんな事が続くと私のモチベは最底辺まで下がった。
一歩進むごとに、靴の中で水に濡れた靴下が音をたてる。
髪からしたたる水滴が、頬を伝い首すじから服の中へと流れ込む。
どんよりと暗い雲が空を覆って、見るもの全てに色が無い。
快適さの頂点だった竜都からは、おそろしく遠いところへ来てしまった気がする。
そして何より、この先に待っているであろう展開が、およそ希望のかけらもないものであることが、私の足取りをますます重くさせていた。




