75 新王国の脅威
「戦場は大峡谷の向こう側だと聞きましたが」
「向こう側までは、なかなか行きつけないようですねえ。実際は、道を造っている現場を湾市は攻撃しているのではないでしょうか」
コーサカ氏の言動から推察するに、湾市ではここらの国々とは比べものにならないくらい人命が高価だ。
おそらく、平均寿命も倍くらいは違う。
乳幼児死亡率も低く、学歴も高い。
全体に人口も少ない。
であれば、そんな状態の悪い戦場に人間の兵士を投入するなどありえない。
機上からの爆撃、ドローンやロボットを使った攻撃。
そんな近代戦を展開する敵に対して、剣だの槍だの、あっても投石機くらいで対抗しているとすれば、兵士の消耗はおそろしく激しいだろう。
新王国が奴隷狩りに勤しむわけである。
私は戦場の様子を想像して、げんなりした。
底辺の奴隷たちは道を造る過酷な労働を強いられ、それを武力で管理する兵士たちも、先の見えない作業自体に嫌気が差して逃げ出す。
それが各地で野盗となって街道を荒らす。
まさに負の連鎖である。
大峡谷というからには、相当に大きな谷なのだろう。
頭に浮かぶのはグランドキャニオンだが、あんな所に道を通すのは、アメリカだってやらない。
それを人力のみで達成しようなんて、無理にも程がある。
そう思うと、湾市の礎となった3000メートル級のビル群を建設したというコーサカ氏の御先祖様がどれ程卓越した能力の持ち主だったか、想像するにあまりある。
もちろん、当時は重機や最新の素材を使って建築したのだろうし、協力者も数多くいたのだろう。
そうか、おそらく新王国王には協力者はいない。
重機の類も作れていない。
魔力兵器を作っているという噂はあったが、飛空艇も造れてはいないのだ。
絶大な魔力と戦力を持つと言われ、怖れられてはいるが、理念も目的も無くそれをふり回しているだけに見える。
リアル中二というのは、本当なのかもしれない。
それはまだ、親の管理下にあって、あらゆる不自由からひとつずつ望むものを獲得していく練習をしている年令だ。
権利には義務が、自由には責任が必ずセットで付いてくることを学ぶのが、大人になるということなのだ。
歪な能力の国王が支配する領域には近寄りたくないと、その時私はまだ他人事のように考えていた。
ご隠居が小雨の中を旅立っていっても、私は宿を離れられずにいた。
ファルタは飽きたと言って数時間いなくなる。
あまり長時間私から目を離すのは拙いと思っているらしく、せいぜい朝食から昼食の間くらいだ。
おそらく街の外で狩りでもしているのだろう。獲物は食べずに換金しているようだ。
そんなふうにファルタが出かけて行き、私は食堂の隅で持参した野草茶を淹れてもらって、ちびちび飲んでいた時、後から声がかかった。
「やっと見つけましたー」
え? この声!
「お久しぶりですー」
ふり向いた目線の先に居たのは、まぎれもなく
「アモ!!」
だった。
私ははじかれたように立ち上り、アモに駆け寄った。
「アモ! 元気だった!? 心配したよ!」
「サヤさんこそー、お元気でしたか」
間のびした声が懐かしい。
「私もファルタも元気だよ」
「なかなか追いつけなくて、時間かかりました」
「えー、どうやって追いかけてきたの?」
「伝え石に聞きながら探しました。サヤさんとファルタは目立つので、立ち寄った村や町には記録が残ってることが多かったです」
伝え石。
そういえばそんな物があった。
私は使えないのですっかり頭から抜け落ちていたが、そんな使い方もあったのか。
意外と便利だな。
「あの後どうしてたの?」
「とりあえずコノンノまで戻ってー、壊れてしまった筆の修理を頼んで、イソも分けてもらいました」
商売道具だもんね。
「あの村のことや、空飛ぶ女の姿をしたもののことを報告してー、新しい依頼を受けたので、サヤさんとファルタを探してここまで来ました」
「新しい仕事? もしかしてそれと私たちと関係がある?」
「もちろんですー。特大の綻びの調査です。新王国に行きますよー」
いやいやいや。
アモ、キャラ変ってない?
人格のインストール間違ってない!?
「おう、やっとか」
また後から声がかかる。
店の入り口をくぐって来たのはファルタだ。
「退屈していたところだ。行くぞ、サヤ」
なんてことだ。
「前は新王国には近づきたくないって言ってたじゃない」
「だいじょぶですー、調査だけですから。私の力ではとても繕えない綻びだそうですー」
全然大丈夫ではない。
「よし、私が力を貸してやる」
眼をきらきらさせてるファルタを久しぶりに見た。
竜人族は食欲魔人なだけじゃなく、超好戦的なんだった。
食べる暴力装置だ。
私の力無い反対はことごとく却下されて、小糠雨降る中の旅立ちとなった。




