73 竜都8
「ちょとお話してもいいかしら。答えられないことは答えてくれなくても良いから」
「はい、私にお答えできることでしたら」
ロマンスグレーのオジサマである。
使用人を仕切っている、執事っぽい人だ。
「アオイ氏は、どういう立場の方なの?」
「アオイ様は、コーサカ家の御当主ですが、湾市ではチヨダブッサン社長という御立場の方がよく識られています」
「チヨダブッサン……それは商社かしら」
千代田物産―――だよね?
「はい。湾市随一の総合商社でございます」
総合商社と来たか。
そもそも湾市の元となる巨大建築を計画したというなら、ゼネコンか商社だわね。
「ではカミクラというのは?」
「カミクラ家はもともと町工場だったという話ですが、製造業からエネルギー産業にシフトして財を成したようです。現在の社長に至って中央塔を占拠するという暴挙をなした上、皇帝を名告るなど馬鹿げた行いが続いております。もちろん、コーサカもカデイもそのようなことは認めておりません」
また新しい家名が出て来た。
「カデイというのは?」
「湾市設立の当時、政府側の重要人物だった家と伺っております。当時の政府は大醒嘯で失われてしまいましたが」
「じゃあ、皇国というのはカミクラのオヤジが勝手にでっち上げているだけなのね」
なんともぐだぐださにびっくりだ。
てっきり皇帝だの王子だのなんて、不動の地位だと思い込んでいた。
「しかしカミクラは中央塔と軍をおさえていますので」
「中央塔っていうのは何?」
「湾市の中央にあって、地底から最高層までをつなぐ塔ですな。最高層部には、天上からのエネルギーを受ける仕組みがあるそうです」
……謎の仕組みのことはちょっと置いておこう。
話し込んでいると、メイドがやってきて執事氏に何やら告げた。
「アオイ様がお帰りになられたようです。失礼します」
と言って執事氏は部屋を出ていった。
コーサカ氏も戻って来たならそのうち姿を見せるだろう。
手もちぶさたになった私は、目の前の菓子をつまんだ。
見た目はマカロン。
味もマカロンだった。
サクサクと崩れるメレンゲ。
バターの香り豊かなクリーム。
高級マカロンだ。
昨日から美味しいものばかり食べていて、この先の旅が心配になる。
もしかして、飛空艇で湾市へ連れて行ってくれないかな。
淡い期待はしかし、戻って来たコーサカ氏によってみごと打ち砕かれた。
「飛空艇の内部から、禽の羽根が見つかった。とんでもない呪物だ」
コーサカ氏は、これ以上ないくらい不愉快と憂鬱を混ぜ合わせたような顔と口調で、ささやくように言った。まるで何かに聞かれることを恐れているかのようだ。
「それは、誰かが意図的に飛空艇を襲わせようとしたということ?」
「そうとしか考えられない。そしてそんなことをする人物も、できる人物も、一人しかいない」
「でもなぜそんなことを? 湾市の実権を握る為に目障りな旧家から潰していこうって企みなの?」
「いや、おそらくそうではない。奴の狙いは、昨日貴女が言ったようにアカネだったのだろう。それで、二機しかない軽飛空艇のどちらを彼が使っても冥の禽を呼び寄せるように仕掛けをした」
「それで残ったもう一方を貴方が使ってしまったと」
「そうなる。このところ飛空艇による交易は少なくなっていたので、アカネの失踪からは時間が空いた。そもそも私たちは失踪の事実も知らなかった」
「あの鳥が飛空艇を襲ったという情報は出てこなかったの?」
「おそらくはカミクラが隠蔽していたんだろう。冥地に手を出したり、いろいろと後暗いことをやっている上に、アカネの失踪はあの父親にとって隠しておきたいことだった。死亡が明らかになっていればともかく、失踪ではアカネ側からの反撃がいつあるかもわからない」
「そうね、そこまで親子仲がこじれていたら、王子の反撃もありうるわね」
「だがセイカに命じれば、人間一人の命なぞいつでも獲れるぞ」
ファルタさん、さらっと怖いこと言わないで下さい。
「王子はそれはしたくなかったんでしょう。親子の情……というより、うーん、何かもっとややこしい事情があるような気がする。わざわざファルタに自分の捜索をを依頼した理由がわからないし」
「その話は初耳だな」
「ああ、そうでしたっけ」
事情を説明すると、コーサカ氏は難しい顔をして考え込んだ
「たしかに、アカネに先見の力があるという噂はあったが……アイツ、何を考えてるんだ」
湾市の政治事情は、絡み合って複雑怪奇だ。
一朝一夕には理解できそうもない。
けれどアイツ呼びしているコーサカ氏とアカネ王子がツンデレっぽい関係なのはわかった。
王子の容姿がわからないのが残念だが、こちらもオイシそうな匂いがプンプンする。
そこへ執事氏がやって来て、コーサカ氏に何言か告げた。
「申しわけないがサヤさん、我々は冥の禽の後始末と飛空艇の修理で当分ここを動けそうにない。できればお二人を湾市までお連れしたかったが、難しそうだ」
「ああ……そうですね」
あからさまに落胆が声に出てしまった。
「本当に不手際ばかり見せてしまい、不甲斐ない思いだ。貴女にはまた改めて十分なお礼をしたいと思う。今は一刻も早くあの禽の羽の始末をつけねばならない。こんな形でお別れすることを許して欲しい」
「いえいえ、十分歓待していただきましたし、私たちはまた元の旅に戻るだけですから。湾市のお話もアカネ王子のことも聞けて、いろいろ参考になりました。お礼を言いうのはこちらです」
「そう言ってもらえるとありがたい。必ずまた湾市でお会いしましょう。では、これで」
言いながら立ち上がり、一礼してまっすぐ部屋を出て行く。
その綺麗に伸びた背を見送って、私は軽く息をつく。
「さーて、それじゃまた徒歩旅再開しますか」
ファルタに告げると、私も立ち上がった。




