72 竜都7
竜骸のアトラクションを出てしばらく上に登ったところに、食堂や飲み屋、カフェのような店まで立ち並ぶ場所があった。
建物は皆、階段状の土地に建っているので、一階正面部分は三階建てなのに、奥は平屋になっている。
人が歩く場所は普通の階段だが、建物の建つ土地は、だいたい一階相当三メートルくらいの段状だ。
これを全て人の手で造ったのかと思うとすごいが、湾市も介入していたのなら重機なんかも使ったのかもしれない。
見たところ、湾市は科学っぽい力で介入することはなるべく避けているようだ。
街並は、コーサカ氏の邸宅のようなオフィスビルではないし、あの宙に浮く車も走っていない。
エレベーターも見られない。
街の文明レベルは、今まで通ってきたコノンノやオルトリとさして変らない。
ただ文化に関してはそこそこ輸入されている。
ファルタが選んだ一軒の食堂に入ったら、なんとそこにあったのは、ギョーザとラーメンだったのだ。
「これは湾市でよくある食べ物だ。うまいぞ」
「知ってる」
「そうか、サヤのいた世界でも人気だったのだな」
幸せそうにラーメンを啜り、ギョーザをぱくつき、ビールをあおる超美形……
なぜかむなしさを感じてしまう光景だ。
もちろん、ラーメンもギョーザも文句なく美味いが。
特にラーメンだ。
この味。慣れ親しんだこの旨味。
出汁、なんてメンドクサイ概念を正面から叩きつぶしてくるこの純粋な味は。
まぎれもなく化学調味料だ。
科学バンザイ。
きっとこれは、湾市からもたらされているのだろう。
ラーメンもギョーザも、私の基準からしたら美味いがお高い。
高級中華料理店で食べても、ここまでしないお値段だ。
コーサカ氏のカードで払うからいいけど。
「兄さん、いい食べっぷりだね」
隣の席に居た男が声をかけてきた。
「うまいだろ、竜都の名物なんだ。他所では食べられないよ」
店の関係者だろうか。
「あと、酢ブタとチャーハンも旨い。食べてみるといい」
チャーハン!!
米があるのか!
考えてみれば、湾市は和風文化っぽい。
そもそもコーサカ・アオイなんて名前、日本人じゃない?
だったら米は絶対あるよね。
早速チャーハンと酢ブタを注文する。
チャーハンの米は、パラパラに炒められていたけれど、まぎれもなくジャポニカ米だった。
がっつり化学調味料の効いたチャーハンだ。
バカみたいに美味い。
ラーメン屋というか、町中華というか、店構えはかなり高級だしお値段も高級だけれど、料理は庶民の味、B級グルメだ。
もちろんそれは『私に言わせれば』であって、この土地の人にとってはまぎれもなく高級料理なのだろう。
「すごい食べっぷりだな……兄ちゃん」
隣の男は、ラーメンを10杯、ギョーザ15皿、チャーハン8皿を食べ切ったファルタにさすがに退いている。
「今日はあの鳥とやりあったからな」
ファルタは男ではなく私に向かって言う。
え?
鳥とやり合う?
たしかににらみ合ってはいたけれど、目に見える交戦は無かったし、にらみ合いも一瞬だった。
もしかしてあの一瞬の間にか×は×波でも撃ちあっていたとか?
物理法則も謎の世界だから、あり得ないとは言えないけれど。
―――深く考えるのはやめておこう。
頭がこんがらかるだけだ。
とりあえずファルタが満足したようなので、店を出てぶらぶら歩く。
外はすっかり夜になっており、空は暗い。
けれど魔石灯を灯した店や、店頭に明るい看板をかかげた店もあって、路地はにぎやかだった。
むし暑かった気温も夜になって下がったのか、すごしやすい。
露店をのぞき買い食いをしながらコーサカ邸に戻った時は夜半を過ぎていたが、館にはコーサカ氏の姿は無かった。
使用人に案内されて客室に通される。
フカフカの寝台と、なんとシャワーが出迎えてくれた。
シャワールームにはシャンプーやコンディショナー、ボディソープもあり、荒れ地でかぶった埃を流すと、驚く程快適だった。肌触りの良いタオルとバスローブ。ホテル仕様のパジャマまで用意されていた。
以前の世界の生活が、どれ程便利で豊かだったかを思い出す。
そして湾市にはそれが実在するのだ。
夢でも幻でもなく、現実に。
マットレスの敷かれたフカフカのベッドにもぐると、秒で熟睡していた。
翌朝は、案内された小部屋で朝食をとった。
この小部屋は小さな中庭に面していて、植えられた花々が朝の陽射しに映えて美しい。
インテリアも白を基調にしたシャビーシックというイメージで、女性向けの造りなのだろう。
快適さだけでなく目も楽しませる贅沢な環境だ。
残念ながら和定食ではなく、イングリッシュブレックファストだったが、トーストはカリカリでバターは香り高く、ジャムは甘く、紅茶はアッサムティーと言っても通る香りだった。
昨日まで、『東の端にあって飛空艇を飛ばしてくる国』という謎の存在だった湾市が、今はリアルに目の前にある。
コーサカ氏との会話で、湾市の構造の一端も知れた。
思っていたよりもずっと、私の故郷に近いことも。
朝食が終わると、また別の部屋へ通された。
ホールというような広さでソファやテーブルがいくつも配置されており、奥にはピアノに似た楽器があって若い女性が静かな曲を演奏していた。
アールデコ調のガラス彫刻などが置かれて、コーサカ家の裕福さと格式を物語っている。
ソファに案内されると、また茶と菓子が出される。
ファルタは喜々として食いついていたけれど、さすがに私は手を出す気になれなかった。
なので、給仕してくれる人の中で比較的地位の高そうな人物に狙いを定めて話しかけた。




