70 竜都5
「優秀な指揮官は、そう多くはありません」
ヤナギ氏がいつの間にか持って来た温い茶を配りながら言う。
「アカネ皇子は、皇国の軍人の誰よりも優秀でした。そして彼の父親は、彼を疎んでいた」
「あー、それはあれね! 後妻と後妻の子供が王子を虐待して、父親もそれに乗っかって彼を亡き者にしようとする。王子の母親が実は正統な跡継ぎの血統って黄金テンプレなのでは!?」
「……サヤ様は想像力が豊かですね」
ヤナギ氏がひるんでしまった。
「いや、当たらずと言えども遠からずだ。後妻云々の部分が欠如しているから、その物語を当てはめる者がいなかっただけで、確かにカミクラ家の跡とりはアカネの母親だったはずだ。カミクラの財の半分はアカネのものだ」
コーサカ氏がうなずく。
「後妻はいないの?」
「いないな。だが認知されていない子供は何人かいるようだ」
「何そのダメ男! 皇帝とか言ってるなら、全員認知して母親は側室に召し上げなさいよ!!」
「いや、いちおう我が国は一夫一婦制だ……」
コーサカ氏までひるんでいる。
「そんなの皇帝の権限でなんとでもなるでしょ」
「無茶言いますね、サヤ様」
ヤナギ氏も苦笑いしている。
「だが、そうだな……それもありえない話ではないかも。カミクラ家を継ぐ正統な跡とりであるアカネが死んでしまえば……カミクラの名と財を」
「アオイ、それ以上は言うな」
ヤナギ氏の声が暗くなる。
コーサカ氏も口をつぐむ。
「湾市の政治とは無関係の私が言わせてもらうわ。つまりそのクソオヤジは、危険とわかっている戦場へ息子をたびたび向かわせていた。そこで何らかの企みによってアカネ王子は行不明になったと」
「でも皇子にはセイカが居た。そう簡単に敵の手に落ちるとは思えない」
いきなりファルタが発言した。
そうか、最強の護衛がいたから王子は父親の無謀な要求にも逆らわなかったのか。
「その時セイカが側に居なかったか、セイカも手を焼くような敵が現れたか……」
コーサカ氏が考えこむようにつぶやく。
相変わらずなにやっててもさまになる男だ。精緻に作り込まれた人形めいて、見ているだけでうっとりする。
あの時助けられて良かった。
鳥に食われたりしていたら、人類の損失だ。
そう考えて、はっと気づいた。
「あの鳥! きっとあの鳥に襲われたのよ!」
「冥の禽か? しかしアレは意図して動かせるようなものではない」
「でも貴方の飛空艇も襲ってたじゃない。無差別に飛空艇を襲っているのではない?」
「まさか……今までそんな事は……いや、でも……そうか」
コーサカ氏は顔を上げ、宙を見据えて言葉を続けた。
「飛空艇は、湾市にもそれ程数があるわけではなく、個人の所有も認められていない。私たちの乗って来たものと、アカネが使っていたのは同型の軽飛空艇だ。もしかすると……」
コーサカ氏は何かに思い当たったのか、表情を険しくしてヤナギ氏に命じる。
「飛空艇の内部を調べさせろ。冥の禽につながるようなものがないか魔力感知を使って徹底的に調査するんだ」
「了解だ」
ヤナギ氏は軽く手を振って部屋を出て行き、コーサカ氏はソファに沈み込んだ。
目を伏せ、額に手を当てて小声で何か呟いている。
「あのクソジジイ……絶対許さない。コーサカの家にまで手を出したこと、後悔させてやる……叩き潰してやるから覚悟してろ……」
こっわ……
「あの……」
声をかけると、今しがたまで呪いの言葉を吐いていたコーサカ氏は、顔を上げていきなり完璧な笑顔で私とファルタを見た。
「すみません、ゴタゴタにまきこんでしまったようで。調査にはおそらくまだ時間がかかると思いますので、お二人は竜都を観光されてはいかがでしょう」
輝くばかりの笑顔で明るく提案されて、さすがに退く。
しかも突然の『ですます』だ。
変わり身の速さというか、メンタルの強さというか、思ってたより大物だわ、この人。
「竜都は歴史のある街ですし、街の造りも独特なので、楽しめると思いますよ。宿泊用のお部屋はこちらに御用意しておきますので、何時に戻られても大丈夫です。さすがに空調があるのはこの屋敷だけですから。快適さは保証します」
「はあ……」
押しの強さも一級品だ。
断る隙もない。
「ではこれを」
コーサカ氏は、内ポケットからカードケースを取り出し、一枚のカードを差し出した。
「それで買い物も飲食も全てまかなえます。おそらく明日までには調査もケリがついていると思います。それをふまえて、また少しお話ししたいのでよろしくお願いします」
コーサカ氏はソファから立ち上り、ドアをぬけて出口まで自ら案内してくれた
通路は無機質なパネル貼りで、天井の明かりは白い。
端的にいうとオフィスビルだ。
私には慣れ親しんだ光景だが、この世界ではかなり異質だろう。
通路をぬけると、貴族の館のエントランスだった。
高い天井にシャンデリア、正面には大きな扉。
ここだけ外世界基準に合わせてあるのか。
おそらくオフィスビルの方を使うのは、湾市の人間だけなのだろう。
この街の人は、正面扉から入り、同様のインテリアの部屋に案内されるのだ。
ここは空調がないらしく、ややむし暑さを感じる温度だった。
さすがにコーサカ氏ではなく使用人らしき人が玄関扉を開けてくれ、私たちは竜都へと向かった。




