69 竜都4
長い話だった。
いろんな要素盛りだくさん過ぎて頭がついていかない。
しかも前提になっている常識が私の知るものとはだいぶ違う。
推測に推測を重ねて補う世界だ。
「あの巨大な鳥は知能が高いのね」
「それはもちろん。超越的存在の眷属だからな」
死を司る超越的存在―――それはもう神と呼ぶのではないのか。
だが実在するとすれば、神とは言い難い。
私の常識では神は実在しない。
少なくとも、眷属が物体として攻撃してきたりはしない。
「少し休憩しませんか。サヤ様もお疲れでしょう。お茶をお持ちします」
絶妙のタイミングで護衛の人が声をかけてきた。
しかもさらっとサヤ呼びだ。
この護衛ただ者ではないな。
「アイスクリームがいい。チョコミントで」
コーサカ氏がいきなり要求した。
「またそんな我が儘を」
と言いかけた護衛氏は、ファルタが眼をキラキラさせているのに気づくと
「お持ちします。少々お待ちを」
と言って部屋を出ていった。
コーサカ氏と彼の関係は、単に護衛ではなく秘書とかそんな感じなのだろうか。
それにしても妄想はかどりまくりである。
ワガママとか言われてる坊ちゃんと、同じ年頃の部下。
オイシすぎる。
「ファルタはチョコミントのアイス食べたことあるの?」
「湾市で。湾市は美味いものがいろいろある」
なるほど。そりゃあアカネ王子の依頼を引き受けるわけだ。
湾市の美味しい物は、ここらあたりの国々とは比較にならない。
さすが飛空艇を飛ばしてくるだけある。
「あの護衛の方と仲良いんですね」
「仲が良い……というわけじゃない。あいつとは学生時代からの腐れ縁というだけだ」
なにそのオイシイ設定!
私は緩みそうになる顔を引き締め、唇の端に笑みをうかべるだけにしておく。
コーサカ氏は私の方を見ないようにソファに沈みこみ髪をかきあげた。
これまた驚く程様になっていて、まるで良くできた映画のワンシーンのようだった。
この人は単に優雅であるとかいうのではなくて、なにげない仕草にもいちいち目を魅きつけられる。
見ているだけで眼福だ。
白く細い指先、きれいに整えられた桜色の瓜。形の良い額。
天使の輪が輝くサラサラの黒髪。
伏せられた瞼の下の黒曜石の瞳を縁取る濃いまつげ。
細部の造形と配置が完璧なだけでなく、それを動かすプログラムこそが至高! と頭の中でオタク丸出しの分析が続く。
これ以上黙っていると、色気にあてられてアホになりそうだったので質問を再開することにした。
「湾市には学校があるのね」
「もともと一国の首都だったんだ。多くの学校があった。今は人口も減少したし、あまり残ってはいないが」
「それで貴方と彼は同級生だったと」
その時丁度アイスの載ったトレーを持って戻ってきた本人が
「ヤナギと申します。サヤ様」と軽く自己紹介した。
大げさな名告りの手続きとか文言とか無いのが、彼らの関係がシンプルにビジネス上のものであることを語っている。
「そうですね」
コーサカ氏でなくヤナギ氏が答えた。
我々の前には綺麗なガラスの器に盛られたアイスが、ファルタには2リットルの業務用パックが置かれる。
いろいろさすがすぎる。
「もしかしたら、アカネ王子も同級だったりします?」
コーサカ氏の顔が渋くなる。
よっぽどアカネ王子が苦手らしい。
しかもそんな表情も魅力的なのは反則だ。
しかしヤナギ氏は、
「学年は違いましたが、一応同じ大学に在籍はしていましたね」
さらっと説明してくれた。
「ほとんど顔を合わせたことが無いくらい大学は来ていなかったじゃないか」
コーサカ氏が不満げに言う。
いちいち反応しているのがおもしろい。
「学年が違うのに、そんなことがわかるの?」
「そうですね、皇子は有名人でしたし、そもそも大学は学生数が少ないので」
「どのくらい?」
「学部にもよりますが、おふたりがいた学部だと一学年15人くらいだったかと」
「それは……少ないわね」
私の記憶にある大学のイメージからは程遠い。
過疎地の中学校レベルだ。
「アオイは何かと皇子と比べられることが多かったので」
「うるさいな!」
ヤナギ氏は呼び捨てだし、コーサカ氏はくってかかるし、オイシすぎる展開に思わず頬がゆるむのを抑えきれない。
「何が皇子だ! カミクラのバカげた王様ごっこに付き合う義理なんかない」
コーサカ氏はプンスカしている。
可愛い。
それにしても湾市の内部事情は複雑のようだ。
「アカネ王子はどんな人だった?」
なにかしらの手がかりを求めて、王子のことを訊いてみる。
「優秀で行動力のある方でしたよ」
「横柄で腹黒い、独断専行な奴だ」
おもしろすぎる。
笑いをこらえるのが難しい。
「しかもあいつには、もう一人の竜人族であるセイカがいつも側にいた」
いかにも腹だたしいというふうにコーサカ氏が吐き捨てる。
「え、そっちもエサで釣ってたのかしら」
「エサ……」
ヤナギ氏が吹き出した。
「ファルタは、それ知ってた?」
アイスクリームを食べ終えて手もちぶさたそうにしているファルタにたずねてみる。
「セイカは皇子の腰ぎんちゃくだ」
こっちの評価もひどい。
「それであの時、横槍を入れてきたわけ?」
「だろうな。サヤを攫ったとて、盟約が移動するわけもないのに。あいつは何でも力ずくで解決しようとする阿呆だ」
仲悪いのか。
たった二人の同族らしいのに。
しかも盟約が移動って。
「君は良くわかってるじゃないか」
コーサカ氏は手を叩かんばかりに喜んでいる。
事の詳細はわかっているのだろうか。
「ええとですね」
悪口合戦になりそうな場をなんとかこちらのペースに戻したい。
欲しいのは王子の行方に繋がる情報であって、人となりそのものではない。
「アカネ王子の居場所として考えられる所はありませんか」
「カミクラの動きを全てつかんでいる訳ではないが」
コーサカ氏の声がビジネストークに戻った。
「アイツは父親に命じられて、新王国との戦場に行くことが多かった」
「王子が直接戦争に参加していた?」
「あの父親は、戦争の要因となっている最も新しい竜骸の支配権を握ろうと、やっきになっているからな。それに、北の地にもまた手を伸ばそうとしていた」




