68 竜都3
「新王国のことはちょっと置いて、飛空艇を襲っていたあの鳥はなんなの?」
「アレは……冥の禽だ」
コーサカ氏はいきなりの話題転換にもとまどうことなく返答してきた。
さすが有能ビジネスマン。
また、少し伏し目がちに声をおとして言う様はやたら絵になっていて、彼が常に自分の容姿を十二分に活用していることが良くわかる。
有能すぎる。
それにしても
「メイのトリ……とは?」
「メイは幽冥の冥。この世ならざるもの」
え?
ちょっと待って。
今、この人は漢字の意味を説明しなかった?
この世界には文字が無かったはずなのに―――
「xertu-[]\/g/m.:\―――」
え? え?
「―――冥の禽は」
今一瞬言葉がバグったよね?
これは、私の聞いている言葉は、実は勝手に翻訳されているってことなんだろうか。
その翻訳に疑問を抱いたから、翻訳がバグった。
「―――夜叉の王の眷属だと言う」
「ヤシャノオウ……」
ちょっと新事実がいきなり判明した上に新出単語が多すぎて頭が飽和状態だ。
「夜叉の王は死を司るという超越的存在だ。人ではない」
「……それは実在するものなの?」
とりあえず自動翻訳の謎は今は置いておこう。
「少なくとも冥の禽は実在する。貴女も見ただろう」
「あー、そうでしたね。で、なぜその王の眷属が貴方の飛空艇を攻撃するんですか」
「それはおそらく、あのいまいましいカミクラのせいだ」
ここに来て、知った名が出てきた。
「カミクラ…… アカネ・カミクラ王子のこと?」
「アカネは直接関係ない」
呼び捨てとか。余程気にいらないのか、それとも意外と親しいのか。
「馬鹿をやったのはアイツの父親だ」
今度はアイツときた。これは『意外と親しい』の方で決まりと見た。いろいろ妄想はかどるわ。
「父親ってことは、皇帝?」
「正しくは、皇帝を名告っている男、だ」
湾市の中では勢力が割れているということか。少なくともコーサカ氏は皇帝とは対立する勢力に属しているようだ。
「少し話が長くなる。もともと湾市は、大陸の東端に位置する国の首都だった」
「昔の醒嘯で砂漠になった国?」
「そう。その国だけでなく、周辺の国々は全て砂の下だ。東に広がっていた大海も塩の砂漠になった。もうかつての国の範囲もよくわからない、ただ大醒嘯が起きる前は、むしろ海面が上昇していたという記録がある」
「温暖化とか……」
「今となっては原因など無意味だ。とにかく、その頃首都の水没を危惧した人々が、湾の中に高層の建築物を造って都市機能を移転することを考えた」
「それが貴方の御先祖様だったと」
「そうだ。初代のアオイ・コーサカは、卓越した経営能力と先見の明を持つ人物だった。彼は無謀とそしられながら計画を遂行し、現在の湾市の原型となる巨大都市を建設した」
このアオイ氏が御先祖様に似ているとしたら、その彼が無茶な計画を実行できてしまった理由がなんとなくわかる。
きっと驚くべき人たらしだったのだろう。
「もとが民主主義国家の首都だった湾市は、そのまま体制を維持してきた。首長は選挙で選ばれ、身分制度は存在しない。この辺りの貴族制の国々とは全く違う」
「私の住んでいた国もそうだったので、その方が馴染み深いかな。貴族制とか奴隷とか、古い時代の話って気がする」
「テンセイシャの多くは、民主制の国から来るらしい。ほとんどはダンジョンに籠もっていて、あまり外界とは関わらないようだが」
「ダンジョンからは出られないと、デェッツェンのゴロー氏が言ってましたよ。食べ物を得るのも大変だと。他のダンジョンマスターを知ってるなら、美味しいものを差し入れしてあげると喜ぶかも」
「話が逸れた。カミクラの者が湾市に現れたのがいつなのかは、よくわからない。彼らは製造業で成り上がり、権力に近づいていった。アカネの父親が市長を排して皇帝を名告り、勝手に皇国と称したのは15年程前だ」
「ということは皇国の歴史は15年くらいということ?」
「そうだな。私はまだ幼児だったので、当時の事はあまりよくわからないが、内乱状態におちいって一時はひどい有様だったらしい」
なかなかにハードな歴史だ。
「カミクラは中央塔を占拠して、エネルギー事業を手に納め、その支配が続いている」
「皇帝の独裁ってこと?」
「そう言えなくもない。ただ湾市の政治勢力は複雑だし、カミクラが握っているのはエネルギー事業と軍だけだ」
「中途半端な独裁と」
「もちろんそれで納得する訳がない。あの男は、湾市の全権を手中にすべく、新たな資源を求めて禁忌の地に手を出した」
「禁忌の地……そんな所があるの?」
「北辺の地には、夜又の国へと続く場所があると言われていた」
「……ヤシャの国」
またまた新用語だ。
通常の国とは別モノだと、名だけでもわかる。
王が居るのだから国があるのも当然かもしれないけれど、超越的存在が国を造るとは考えてなかった。
地獄とか冥界とかそういうものだろうか。
「夜叉の国では、当時王の交代という事態がおきていた。これは定期的にある事らしいのだが、くわしい事情は外部には伝わっていない。超越者の世界は、テンセイシャの世界と同じくこの世の摂理の外にあるからな」
閻魔様の世代交代みたいな話なのか?
「謎すぎる……」
「まあそれで、夜叉の王には冥の禽という巻属がいるわけだが、その冥の禽が北辺の地で争った」
「争う? 何と?」
「禽同士でだ。冥の禽は必ず二羽一組で、この時は四羽の禽が戦ったという」
「つまり二人の王候補が争っていたってこと?」
「そうだろうな。その戦場で漁夫の利を狙ったあの男がよけいな手出しをした」
「それは……相当不味いのでは?」
「目的のためには手段を選ばない……というよりろくな目的もないのに無茶を仕掛けたヤツのせいで、最終的に一羽を残して禽は墜ち、北辺の地は荒れ果てて人の立ち入れない場所となった」
核戦争かな? 鳥っていうより核兵器搭載戦闘機かも。
「その場所は巨大なクレーターになっていて、そこが冥地だ」
冥地には確かゴロー氏も言及していた気がする。
「そして残った一羽は、凶の禽と呼ばれている」
「キョウノトリ……」
「吉凶の凶、禍つモノだな」
これも私にわかりやすく翻訳されているのだろう。
「そもそも夜叉の王は生と死の均衡を司る存在で、冥の禽は二羽一組で王に仕える。しかし片羽根を失った禽は使命を放棄し、ひたすら片割れを探していると言われる」
「なんだか気の毒な話……なのかな」
「しかも禽は片羽根を失うきっかけとなったカミクラと湾市を恨んでいるらしい」
死を司るモノの眷属の恨みを買うなんて、恐ろしすぎる。




