67 竜都2
ファルタの気がケーキに逸れ、護衛氏が給仕にかかりきりになったのを見届けると、コーサカ氏は居住いを正して立ち上がり、頭を下げた。
「助けてもらったこと、改めて礼を言う。貴女たちが来なかったら、我々の命は無かった。ありがとう。この恩は必ず返す」
「いやまあ、そんなに畏まらなくても……」
超絶美形に90度のお辞儀をされて、むしろたじたじとなる。
コーサカ氏は見た目通りの優秀なビジネスマンなのだろう。
自分の容姿も120パーセント活用している。
こんな謝罪をされたら、なんでも許してしまいそうだ。
「とにかく座って、お茶飲みましょう。アイスコーヒーなんて、この世界で初めて見ました。湾市の技術はすごいですね」
「今現在、大醒嘯以前の知識と技術を受けついでいるのは、我々だけだ。この辺りは退行してほとんど文明は残らず、ようやくここまで復興してきたというところだ」
そうなのか。
この辺までは影響が無かったのかと思っていたけれど、そうでもなかったらしい。
歴史を聞くと、理解が深まる気がする。
「西の辺境はもともと住民も少なく、文明の及ばない地だった」
峨山から降りてアモと旅した辺りか。
たしかにあの頃は、この世界の文明レベルは縄文時代かと思っていた。
チラリとファルタの方を見ると、新しいケーキが出されている。
さっきのはイチゴショートで今出てきたのはチョコレートケーキだ。
護衛氏はすぐまた次のケーキを持ってくるために部屋を出て行った。
『すみません』食欲のブラックホールを連れてきたことを心の中で謝っておく。
「この竜都とはずっと交流があったのですか」
「ここは元々巨大な竜骸が墜ちた場所だった。それを資源として採掘するよう整えていったのは湾市で、長らく湾市の統治下にあった」
「この街も湾市が造った?」
「物資や技術は提供したが、街を造ったのは仕事を求めて集まった職人や商人だな」
あの階段状の土地を湾市が整備して、そこに一般人が家を建てていったということか。
もちろん土地代は取り立てていたのだろうし、竜骸からの資源採取と合わせてなかなか上手い商売だったと言える。
「王国として独立したのは比較的最近だ。といっても三十年程にはなるが」
「なるほど。もうあまりたいした物は残ってないと」
「有程に言ってしまえばそうだ。そして最近大峡谷の東側に新しい竜骸が見つかった」
「新王国との戦争の原因になっているという代物ね」
「おや、仙女様はずいぶんと早耳だ。戦争の一因が竜骸だというのは、まだあまり周知されていないのだが」
「いちいん?」
「まぁそうだ。それは一因であって、最大の原因というわけでもない」
ちょっとコーサカ氏のビジネストークがややこしすぎて、頭が痛くなってくる。
ファルタを見やると、一切関知しないという体勢でひたすら菓子を貧っている。
そのチーズケーキは何個目なのか。
「ではぶっちゃけ、最大の原因は何だと?」
はっきり言って、私にとってはわりとどうでもいい情報だと思うが、こうきたら聞かずにはおられない。
「おそらくは、新王国王のコンプレックス」
―――はいい?
「新王国は国王の独裁国家だ。この男は三年程前に突然現れて、その絶大な力でたちまちのし上ってきた」
「三年?」
「そう、たった三年。三年で周囲の国々を支配下に置き、王都に巨大な城を築いた」
それは思ってたよりだいぶすごい。ヤバイ、とか危険とかの域を超えている。
「そうして支配下に置いた国々で好き勝手しているが、それだけでは満足しない」
うん、まあそれはそうだろう。アレキサンダーもチンギスハーンも、死ぬまで侵略は続けた。
人の欲望とは、そういうものだ。始めてしまったら止めるのはむずかしい。
「で、目を付けたのが湾市だ」
「そんな遠くに?」
「物理的距離がありすぎるから、戦場は竜骸のある場所に近い大峡谷になっている」
「なるほど……」
「国王を動かしているのは野心というよりは権威に対するコンプレックスだろうというのが我々の見解だ」
「見解……」
おそらく湾市では、戦争の状況や原因についても情報を集め、研究しているのだろう。
なんちゃって中世なーろっぱとは隔絶した文明レベルだ。
「なにしろ新王国の王というのは、まだ十代半ばの子供だそうだ」
「えっ!?」
リアル中二ってこと?
それは怖い。ヤバすぎる。
やっていることを鑑みると、まさに困った中二どストライクだ。
「ただあれは『テンセイシャ』なのではないのか、という者もいる」
確かゴロー氏もそんなことを言っていた。
「おおむねテンセイシャというのはダンジョンマスターだ。異世界の知識を持ってこの世に現れる。ダンジョンの中、というか、ダンジョンを生成する場所に、だな。仙女殿もそうではなかったか?」
「あー、確かに。あと、仙女呼びはやめてサヤと呼んでくれませんか、アオイさん」
わざと馴れ馴れしく名前呼びしてみる。
ビジネスシーンでは、下の名で呼び合うことは意味を持つ。
「サヤさん、でいいだろうか」
「ええ、よろしく」
「それで、たいていは、ダンジョンから出ることはできないらしい」
「そうみたいですね。私は特例だとか」
「おそらく、塔の盟約そのものが制約となっているダンジョン扱いなのではないかな」
「そういう考え方もできるか……」
それにしてもこの人、いろいろ詳しいな。
魔女の塔の話は、デェッツェンの領主も識っていたから結構有名なものなのだろう。
それでもそこから盟約自体をダンジョンと見做すという仮説を導き出すのは、さすがに鋭い。
「だから新王国王がテンセイシャだという説には懐疑的な者もいる。ダンジョンも造られていないし、自由に外界を飛び歩いているからな……少なくともそう見える」
転生者問題はなかなかに複雑らしい。
私だって自分の事もよくわからない。




