66 竜都1
「た、たぶん戻っては来ないと思うが……ここに居続けるのはまずいかもしれない。とにかく竜都へ避難しよう」
チラチラと空を見ながらそう言うと、乗員に向けて何やら命じた。
ここから竜都まではまだ遠そうだ、と思ったら、飛空艇から懐かしい形状の物が出て来た。
車だ。……車?
よく見れば車ではない。
ドローン?
ホバークラフト?
タイヤが無くて宙に浮くタイプの乗り物だ。
「おーっ」
思わず走り寄っていた。
「これ、乗れるんですか!?」
「そりゃあ乗り物だから乗れる。もちろん」
「ですよねー、速そう!」
「そこそこスピードは出る。どうぞ、乗りたまえ」
コーサカ氏は言いながらドアを開けてくれる。
紳士だ。
「ファルタ!」
声をかけたが、
「いい。私は歩いて行く」
と断わられた。
いやおそらくその方が速いんだろうけど。
乗り物に乗る楽しみというのは、どうもファルタには理解してもらえない。
私が飛空艇に執着しているのも首をひねっていた。
水の上を走れる生き物には、乗り物なんて不要なのだろう。
コーサカ氏と護衛の人と私と運転手が乗り込み、その車(車輪が無いので全く車ではないが)は竜都に向けて出発した。
私が歩くのに比べたら何十倍もの速さで、なおかつ日本の車に比べても上と言えるくらいの快適さで、あっという間に竜都に到着した。
竜都は、荒れ地の中にあるすり鉢状の巨大な街だった。
外から見えていたのは最上部にあたる辺縁の部分に建つ建築物で、そこから中央部に向けて階段状に低くなっていく。
丘状の王都はオルトリアがそうだったし、元の世界でも珍しくなかったが、逆は初めて見た。
車は上部の駐車場っぽい所に停められ、私とコーサカ氏と護衛氏はそこで降りた。
駐車場―――と私は思ったが、よく見れば広すぎる。
ここがいっぱいになる程この乗り物があるはずもない。
「ここは飛空艇の発着場だ」
私の疑問を見てとったコーサカ氏が説明してくれる。
なるほど。本来ならここへ降りるはずだったのか。それならこの広さも納得だ。
飛空艇は置いてきちゃってよかったのか? と思ったけれど、そんなことはこの人たちが手配する問題で私には関係ない。
「まず、落ちつける場所に移動しよう」
と歩き出そうとしたコーサカ氏の前に、突然、砂ぼこりと共にファルタが降り立った。
「わあっ」
コーサカ氏は声を上げて後退った。もう少しで尻餅をつきそうだったが、なんとか踏みとどまった様子だ。
黙っていれば妖艶な美形なのに、脅かされてばかりで気の毒すぎる。
護衛氏が間に入ってさりげなくコーサカ氏を背後にかばう。
彼もスーツ姿で、ここだけSSに守られるVIP、といった趣の別世界だ。
そして護衛氏もよく見ればなかなか良い男だ。
ややマッチョ系で私の好みからは外れるけれど、コーサカ氏と並ぶと妄想がはかどる。
「どうぞこちらへ」
硬直してしまったコーサカ氏の代わりに、護衛氏が案内する。
思いがけず良い声だ。
めっちゃ妄想はかどるわ!
案内されたのは、斜めエレベーターだ。
スキー場のホテルで乗ったことがあるものに似たエレベーターには窓があって、階段状に作られた街の様子がよく見えた。
おそらくこれは、湾市と行き来する人間だけが利用するものなのだろう、街の中には、他に交通機関らしきものは何も見当たらなかった。
そして街の建物は、普通のなーろっぱ風だった。
エレベーターが停まり、ドアが開いた外は、どこかの室内―――廊下だった。
案内されたその先には、さほど広くはないけれど居心地の良さそうな部屋があった。
空調が効いているのか、適温だ。
駐車場―――ではないが―――の辺りは、ずいぶんと暑かったのだと、改めて気づく。
空調だけでも、今までこの世界で見たどの部屋よりも贅沢だ。
部屋のインテリアはアールデコかレトロモダンという感じで、シンプルで落ちついた色彩で統一されている。
照明は必要十分。
床から天井まである窓には当然、歪みのないガラスが入っている。
私にとってはなじみのある空間だ。
すすめられたソファはフカフカで、柔らかなファブリックのフカフカクッションも重ねられている。
フカフカが心地よすぎて語彙が失われ、ソファに沈みこんだら一瞬で寝オチしそうになった。
なんとか体勢を建て直し、フカフカソファの誘惑を断ち切ったところで、護衛氏がトレーに乗せた飲み物を運んできた。
テーブルに並べられたのは、たっぷりの氷が入ったアイスコーヒーだった。
思わず歓声を上げてしまう。
「すごい! ここだけ別世界」
「ご満足いただけて何よりです」
てきぱきと世話を焼いてくれた護衛氏が、にっこり笑って言った。
笑うと十倍良い男じゃん!
「もういい。おまえは下がれ」
コーサカ氏が不機嫌そうに言う。
自分より彼の評価が上ったのが癇に障ったか、それとももっと妄想はかどらせる方か。
護衛氏は笑いながら、ファルタにホールのケーキを運んで来た。
ファルタの目が輝く。
きらーんと効果音も聞こえた気がした。
密かに警戒と威圧をふりまいていたファルタだが、一瞬でケーキに心を奪われたようだ。
テーブルの向こうでコーサカ氏がほっと息を吐いた。ファルタの威圧が堪えていたようだ。
結構繊細な人らしい。




