63 デェッツェンから
「やはり、一度湾市へ行ってみないとならないみたいですね……」
「湾市まではかなりの距離があります。ほとんどは砂ばかりの砂漠だという話ですし、歩いて行かれるのはむずかしいのではないでしょうか」
「行ける所まで行って、その先はまた考えます」
「ああ……それなら、竜都に寄ってみるといいかもしれません」
「竜都ですか」
「ここからは東に位置するツィーエの主都です。大峡谷手前の国で、竜都は古くから湾市と交流があるという話です」
「なるほど、そうなんですね、湾市の情報が手に入るかも」
「竜都は竜骸の上に作られた都で、実際、湾市の飛空艇が来ることもあるらしいですよ」
「それはすごい、飛空艇って都市伝説じゃなかったんですね」
「トシ……?」
「気にしないで下さい。いろいろ教えて下さって、ありがとうございます」
話も長くなったし、そろそろ切り上げよう。
そう思って謝辞を告げると、さすがお貴族様はその辺りの機微に敏感だった。
「あまりお引き止めしても申し訳ないですな。なかなか興味深いお話を聞けました」
と、すぐに会見を終わりにしてくれる。
「仙女殿や竜人族の方にお会いするなど、めったにない事ですからな。社交界でもいい話題になります」
そういうのあるんだ。舞踏会とかするのかな。
貴族社会には近づきたくないけれど、舞踏会は見てみたい。
そのうち、機会があったら。
結局、御領主の目的は珍獣観察だったらしく、おみやげに焼き菓子をもらってまたあの乗りごこちの悪い馬車で領の出口まで送ってもらった。
向こうも観察だったようだが、こちらとしてもこの世界の貴族階級の生活をかいま見させてもらったのは興味深かった。
ダンジョンの街だけあって領主が転生者に慣れていたせいもあるのだろうが、わけのわからない権威主義者という感じではなく、真っ当な為政者らしい人だった。
この世界の貴族もまあ普通の人だな、という感触を得られたのは収穫だった。
デェッツェンの東門で馬車を降り、次の宿場へ向けて歩き出す。
なんだか交通手段が逆のような気がするが、馬車の長旅など絶対に遠慮したい。
交通はどこまで行っても徒歩のみ。
馬車はだいたい荷を運ぶものだ。
ラノベでよく見る馬車便なども、見たことがない。
あったとしても使わないが。
そもそもこの世界の人は、商売以外で移動することがほとんど無いようだ。
商人は自前で馬車を持っているか、荷をかついだ徒歩行商のどちらかだ。
それでも行き来する荷はわずかなものだろう。
このあたりのなーろっぱ社会は、集落間の交流はあまり無いようだった。
商業も工業も発展していない、中世末期的世界だ。
もちろん観光目的で旅する人もいるわけなく、巡礼などの宗教的行動も無い。
人の移動が少ないってことは、経済の発展も低レベルだということだ。
ほぼ自給自足の生活の村や町を通過し、今目指しているのは、竜骸の上に築かれたというツィーエの王都である。
オルトリで見られなかった童骸を見てみたい、ということで、デェッツェンから東方面へ向かっている。
だらだらした起伏が続く地形で、牧草地と畑、荒れ地が繰り返し現れる。
里山っぽい小さな森も点在し、全体に貧しくものどかな田舎の風景だ。
相変わらず農業レベルは低く、きっちりとキャベツの並んだ畑や、みっしり稲が植えられた田んぼを見慣れた私からすれば、なんとも投げやりな農地だ。
ゴロー氏から聞いた話によれば、湾市は失われたテクノロジーを今に伝えているという。
しかし、砂漠になってしまった地域はわかるとしても、その影響はなかったらしいこの辺りや、もっと東の辺境と呼ばれる地域には、もともと高度文明社会は無かったのだろうか。
この世界の成り立ちが、いまいちわからない。
徒歩と、馬車。
そして一足飛びに飛空艇しか交通手段が無いことがなんともいびつだ。
自動車っぽいものもあるらしいが、肝心の道がこれでは長距離輸送は現実的でない。
しばらく進むと、田舎の村をぬけてやや大きめの街が出てきた。
『竜都』と呼ばれるこの国の王都に近づいてきたのだろう。
ここはツィーエという国で、竜都はかなり歴史のある街らしい。
竜都の手前にはそこそこ大きな街があった。
景色はあまり代わり映えのしないなーろっぱ風だが、街の中には大きな建物もあり、住民たちの着ている服もやや質が向上している。
服地が柄を織り込んだ布だったり、複雑な飾り帯のようなものを身につけていたりする。
街の風景が、ちょっとだけ豊かになってきた。
だいたいどこの国も、王都に近くなると多少栄えてくる。
そんな印象だ。




