62 デェッツェン領主館2
「仙女殿は峨山の塔に住まうと聞くが、ここまで旅して来られたのか」
「そうですね。ほとんど歩いて来たので、だいぶかかりました」
「ぶしつけだが、塔を百階まで登ると願いを叶えて下さるというのは本当だろうか」
「叶える……といっても魔法でぱーっとなんとかするというような事ではないんです。今回登って来たのはこのファルタなのですが」
ちらりと見るとファルタは口に焼き菓子をつめ込んだまま、重々しく頷いた。
あまりにもシリアス感が無い。
それは極力無視して続ける。
「彼女の要請は、皇国の王子アカネ・カミクラという人を探すこと、でした」
「皇国……東の大国ですか」
「そうですね、今現在、行方不明だということです」
「そうなのか……」
若手領主は顎に手をやって考え込む。
貴族っぽい仕草で、なかなかに様になっている。
大国の動向は、この街にとっても無関係ではないだろう。
今もたらされた情報は、彼にとって価値あるもののはずだ。
「それで……ずっと探し歩いている訳ですが、いまだ手がかりもありません。もしかして御領主は何か御存知ではないですか?」
「いや……その話は初めて聞きました。皇国のような大国との直接の交流はないので」
「あまりおおっぴらになっていることではないと思いますので、御存知なくとも無理はないのですが」
「ここはダンジョンのおかげでデェッツェンの中では栄えている街ですが、王都でもありませんし、政治的な話はさほど流れてこないのです」
「王都ならばもう少し情報が手に入るでしょうか」
「いや……そもそもデェッツェン自体、皇国とはあまりつき合いがありません。でも、そうか……。仙女殿は、皇国が新王国と呼ばれる国と係争中な事は御存知か」
「ええ。新王国はあちこちの国と戦争しているとか」
「それです。その新王国は、デェッツェン周辺の国にも手をのばし始めていて、今、最も頭の痛い問題になっています」
為政者ともなれば、宿の女将レベルとは比較にならないくらい悩ましいだろう。
やはり新王国は特大のトラブルメーカーのようだ。
「幸い我が領にはまだ被害が出ていないが、直接的に攻め込まれるだけでなく、戦場からの逃亡者などが盗賊化する事案もあるようで」
「ええ、私たちも旅の途中で出会いました。少人数の兵士崩れでしたけれど、商人の馬車が襲われ、死人も出ました」
「そのようなことがありましたか。場所は?」
「オルトリですね、王都よりだいぶ西のはずれで」
「そんな所にまで……」
「武器を持ったまま逃亡しているのが始末が悪いようでしたが、あんなゴロツキのような、士気が低く統率もとれていない軍で戦えるものなのですか」
「そこが新王国の謎なところなのです。支配下においた国からやたら徴兵しているので、兵士の質は極めて悪く、忠誠心などかけらも無い。ただ、王国内において国王は大変敬われているとも聞きます」
「なんだかちぐはぐですよね」
「そうですね、国王は絶大な魔力の持ち主だとも言われますが、はっきりした事はわかりません」
一応国の要職に就いている人でもこの程度の認識なのか。
単に情報の精度が低いのか、本当に新王国が謎に包まれているのか、わかりかねる。
「ダンジョンマスターのゴロー氏も、新王国には近寄らない方が良いと言っていました」
「そうですか。ダンジョンマスターは『テンセイシャ』と呼ばれる異世界の記憶を持つ方々だそうですが、仙女殿もそうなのでしょうか」
「ええ、ゴロー氏とは、同郷と言ってもいい感じで話が合いました。この世界にいくつ位ダンジョンがあるか御存知ですか?」
「さて。近隣の国にあるものはわかりますが、遠くのことははっきりしませんな。ああ、そういうことは、湾市にあるという巨大な伝え石なら答えてくれるのではないでしょうか」
「え、そんなものがあるんですか」
「ええ、これも半分伝説のような話ですが、湾市の伝え石は世界の全てを識り、どんな問いにも答えるとか」
それはすごい。湾市に行くモチベだだ上りではないか。
しかしそんなすごいものがあるなら、なぜ皇国の王子は自分の捜索をファルタに頼み、ファルタは最果ての塔を百階登るなどというまわりくどい事をしたのだろうか。
謎は深まるばかりである。




