54 王都の夜
そんな話をしているうちに、夕陽が真正面に沈んで行き、薄暗くなり始めた街路に明かりが灯る。
「え…… あかり? あかりって、ファルタ! 何これ、何で光ってるの?」
そこにあったのは、小ぶりではあったけれど紛れもなく街灯だったのだ。
そしてその光は火ではない。
少しだけ緑がかった黄色の光だ。
薄暗くてぼんやりした光だけど、無いとあるでは大違いだった。
「ああ、あれは魔石灯だな。だいぶ古そうだが」
「マセキ……何それ。光ってるって、放射性物質とかじゃないよね」
「ホウシャ……?」
「忘れて。マセキって何?」
「魔石は魔力がこもった石だな。灯りに使われるのは、一番小さいものだ」
「他にも用途があるの?」
「馬のいらない車を走らせたりする」
「ええっ、自動車あるの?」
見たこと無いけど!?
「湾市の飛空艇も、魔石で飛ぶらしいぞ」
「うわあ……吃驚だ。そういうこと……」
魔法のある世界だということは知っていても、魔法が電気や内燃機関の代わりに使えるなんて思わなかった。
なんか随分ラノベっぽくなってきた。
そもそも、魔法らしい魔法を見たのも、ファルタと謎の男たちが戦った時くらいだったし、ほぼ戦闘しか見ていない。
あとはダンジョンか。
生活に使用する魔法もあるんだ、というのは初めて知った。
「人が使う魔法では、そういうことはできないの?」
「ん? 人の力では飛空艇は飛ばせないな」
「いや、そんな大っきな物じゃなくて、灯りを点けたり、火を焚くとか」
「ああ、できる者もいるだろうが、数は多くないな。そもそも魔法を使える人間はほとんどいない」
「魔石を使えばできると」
おそらくこの字で合ってる。
「そうだな」
なるほど。
もしかしたらあの二人組も、魔石を使っていたのかもしれない。
ファルタとあの男、確かセイカと言ったっけ。あいつは竜人族で人間ではないから、魔法が使える。
それで筋は通っている気がした。
「魔石ってどこから採れるの」
「ダンジョンからも採れるが、大型のものは竜骸から採るようだな」
「リュウガイ……って、なんだっけ」
ずいぶん前にアモから聞いたような気もするけれど、よく覚えていない。
「竜骸は、地に墜ちた竜の骸だ」
そういえばそんな話だった。
「竜は、天空高く人の目には見えぬところに棲んでいて、地とは関わらない。命が尽きると骸となって地に墜ちてくる。そこから魔石が採れるそうだ」
「もしかして竜骸、とんでも資源じゃない」
確かアモは国が獲り合うレベルとか言ってたか。
「だからそれを囲って採掘しつつ、街を作っていったのが、多くの王国の始まりだ」
「え、ということはもしかして、ここもあの出っ張りに竜骸があるってこと?」
「おそらく。ずいぶんと古いものだろう。今ではほとんど魔石も出ないだろうな。この魔石灯も長い間交換していないようだ」
街灯を見上げて言う。
「採り尽くしちゃってたってことか」
「もともと、さほど量はなかったのだろう。それに大きさから見ても竜骸本体ではなく欠片だな。小国にとっては欠片程度でも十分だ」
それにしてもここへ来て新情報が多すぎる。
漠然と魔法のある世界だと思っていたのが、魔石の魔力が使われる世界だと判明したのだ。
いわゆる魔導具ってやつだ。
「もしかして、魔物から採れる魔珠も魔石の一種?」
「そう言えるな。多少性質は違うが、魔力の元となるのは同じだ」
「そうなんだ……そりゃあ、魔珠も良い値が付くはずだわ」
そんな話をしているうちにすっかり日が暮れて、辺りはぼんやりした街灯の明かり以外は真っ暗だ。
眼下の街はぽつぽつと灯が見えるが、日本の田舎町より暗い。
ただ、振り返って見た王城は、いくつもの明かりに彩られて美しかった。
街に降りて宿を取った。
門の近くに多い商人宿ではなく、中央部に近い高級宿だ。
建物は五階建てで、入り口は両開きの重厚な扉。
両側に魔石灯が光り、ドアボーイが扉を開けてくれる。
初めて見るラグジュアリーホテルである。
いささか怪しい二人連れである我々が泊まれるのか、とちょっと心配したけれど、ファルタの持つプラチナカードと金の威力ですんなりと話が通った。
というわけでスイートルームです。
二間続きの部屋は、厚い絨毯が敷かれ壁にはタペストリーがかかっている。
寝台は天蓋付きでカーテンがあり、椅子には美しい布が掛けられている。
部屋の隅に、残念ながら猫脚タブじゃなくて木桶だけれど、風呂まで用意されていた。
「わあー」
私は思わず勢いをつけて寝台にダイブした。
ゴゴン、と大きな音がして、目の前に火花が散った。
ベッドにはマットレスなどという文化的なものは敷かれていなかった。
ただの木の枠に、薄い綿入りの布を敷いただけのものだったのだ。
ほぼ木の板にダイブしたようなものだ。
中世風なーろっぱを舐めてはいけない。
どこに落とし穴があるかわからない。
見かけは立派でも、この寝具は竪穴住居とたいして変わらないのだった。
残念すぎる。
気を取り直して風呂の用意をしてもらう。
何人もの使用人が、せっせと湯を運んできて桶に溜めていく。
入浴できそうな湯量になる頃にはだいぶ冷めていて、この世界に来て初めて湯につかれると浮かれていた私は、かなりがっかりした。
ぬるい。
季節が冬でなくて良かった。
ヨーロッパでは現代にいたるまで、入浴の習慣が一般的でなかった理由がわかる気がした。
温泉が各地に湧いて湯治の文化があったり、湯屋がたくさんあっていつでも入浴できた江戸の町などの、日本の近世とは根本的に違う。




