53 王都オルトリア
草原と畑牧草地などが続く中を、街道が通っている。
道はなだらかなアップダウンを繰り返し小さな村や中規模の町をつないでいた。
あれからは特に盗賊などに出会うこともなく、行き交う旅人たちと共に順調に道を進んだ。
元の世界でも昔は、旅に盗賊は結構つきもので、イギリスあたりでは街を離れると盗賊に襲われるので、とても気軽に旅行などできなかったらしい。
やがて石壁に囲まれた街が見えてきた。
壁は人の背よりはるかに高く、5メートルくらいはありそうだった。
どうやらここがオルトリアらしい。
さすが王都。
大きな門があり、中に入るには審査があるようで、多くの人や馬車が並んでいた。
こんなに多くの人を見るのは久しぶりだ。
しかし考えてみると、私は身分証的なものを全く持っていない。
アモは何か札のようなものを出していた気がする。
こういう場合ラノベではよく、冒険者ギルド証なんかが出てくるけれど、ファルタも持っているのだろうか。
「ファルタは、身分証とか持ってるの?」
「身分証? ああ、これのことかな」
ファルタは懐からトランプくらいのサイズの札を取り出して見せてくれたけれど、当然のごとく私には何が書いてあるのかわからなかった。
けれど札はメタルっぽい素材で、この世界では見たことのないものだった
「それって冒険者ギルド証とかなの?」
「ボウケンギル……ってなんだ?」
聞き返されてしまった。
「……どこが発行してくれたの?」
「ああ、これは湾市で受け取ったものだな」
「湾市ってことは、皇国が発行してるってことかな」
「うむ」
うなずいてるけど、あんまりよくわかってなさそう。
きっとファルタ自身はそんな身分証なんか必要じゃないんだろう。
おそらくファルタに依頼をした人が、そのカードも渡してくれたのだ。
確かファルタは、湾市のすべての飲食店でいつでも何でも食べ放題だと言ってたから、その依頼主は湾市でもかなりの権力者だ。
というか、王子様本人だと言ってたような……。
そこから直にもらったのなら、ゴールドカードかブラックカードか。
無敵のパスポートじゃないだろうか。
「ファルタ、もしかしたら並ばなくても通れるんじゃないかな」
「ん? 城壁を飛び越えるか?」
「いやいや、そうじゃなくて」
とんでもないな。
「その札を見せたら、優先で通してくれるんじゃないかってことよ」
「なるほど。ここで待つのもつまらないしな」
と言うなり、ファルタはさっさと列の先頭に割り込んだ。
当然のように不満の声が上がり、門の番人たちは槍を構えてファルタを牽制した。
けれどファルタは、声を出すまでもなく周囲に圧をかけて容赦なく黙らせる。
実際に見ないとわからないけれど、ファルタが一睨みしただけで皆が竦み上がって沈黙したのだ。
ファルタ怖すぎる。
門衛達は、ファルタの身分証を見ると引きつった表情のまますぐ通してくれた。
さすが王都の門番はそのプラチナカードを認識したらしい。
最速で門を通って街の中へ入る。
多くの町と同じように、門の近くには宿屋が並んでいる。
ここも石造りの下部と、木組みに漆喰の上部のハーフティンバー造りの建築だが、今までの街に比べると高さがある。
三階建て以上、高いものは五階建てぐらいありそうだ。
やはり王都は土地の値段が高いのだろう。
城壁で周囲を取り囲んだとしたら、限られた土地を有効に使う方法として高層化は当然だが、今までにない重厚な町並みに感嘆する。
石畳と黒の木組みと白か赤茶の壁なので、全体に暗い色味ではあるが年代を重ねた街の美しさがあった。
王都は外壁から徐々に中央が高くなっていく造りになっていて、はるか中心の上部には、城らしきものが見てとれた。
この辺り一帯を統治する王が住まうなら、それなりに豪華な城なのだろう。
緩やかな坂を登っていくと、商店街が現れた。
商店と言っても、ショーウィンドウがあるわけでもなくドアの脇に看板が吊るされているだけだ。
それでも意匠を凝らし、色鮮やかに彩色された看板は、何を売る店かを想像するのも面白く、目を楽しませた。
時折、店の前に棚を出して、商品を並べているところもあった。
アクセサリーや子供の玩具、小さな布ものなどが多い。
食器やランプを売る店もある。食器は陶器だろうか。絵付けもされていて可愛らしい。
文化の香りがする。
木製の皿とカップしかなかった辺境の地とは、格段の差がある。
この世界に来て峨山を降りたばかりの頃はずっと、ここは縄文時代みたいな文明レベルなのだと思っていた。
家は竪穴住居だし、食器は木製か土器だった。
それに比べると、この都は近代と言ってもいいくらいのレベルだ。
電気や蒸気機関がないから近世末期だろうか。産業革命以前といったところだ。
そんなことを考えながら歩いているうちに、夕暮れが近くなる。
はるか高台にある城が夕日に映えて薔薇色に染まっている。
城にはまだ距離がある、やや高台の広場にたどり着いた。
ちょっとした公園という趣で、花や木の植えられた花壇があり、街を見下ろす場所には石づくりの手すりがある。
「さすが王都っていうだけあって、大きな街だね」
大きいだけでなく、整備された公園がある時点で相当豊かだし、おそらく治安も良い。
個人の庭園ではない公園は、近代になって登場したものだ。
ぐるっと周囲を見渡すと、先刻通ってきた街の門が、はるか下に見える。
街の南側に不自然な出っ張りがあった。出っ張りというか街はほぼ円形に作られているようなのだが、そこにくっついて別の円形の城壁があるのだ。
王都本体よりはだいぶ小さいが、それでも見たところ直径50メートルはあるだろう。
「おまけの町がある……」
思わずつぶやくと、ファルタから返事があった。
「あれはおそらく古い町だな。この国はあの町から始まったのだろう」
「え、見てわかるの?」
「王都というのは、そういう造りになっているところが多い」
「へえ、そうなんだ」




