48 蜃気楼の街から
私はひととおり揚げパンとスープとチュロスを食べた後は、スイカに似た味のジュースをちびちび飲みながら、ファルタの食べっぷりに見惚れていた。
聞くともなく、隣の男性客の話し声が耳に入ってくる。
彼らもどうやら行商人らしい。
麦の値段なんかの話をしている。
「近頃は随分と、新王国の方が景気がいいって話だが、どうなんだろうな」
「ああ。王都にはどんどん人が集まってるとか。でも物騒な話もあるからなあ」
「男を集めて戦場へ送ってるって聞くが……」
「破格の支度金が出るらしいって言うから、食いつめた奴らは集まるな」
「戦場って、あの大峡谷の向こうのあれか」
「そうそう。東の果ての皇国とやり合ってるって話だ。皇国は飛空艇を飛ばしてくるらしいぜ」
「空飛ぶ船ってやつか。そりゃ見てみたいな」
飛空艇―――それは私も見てみたい。
それにしても皇国と新王国はなんで戦争しているのだろうか。
私は新王国にはいいイメージがない。アモと旅していた時、粗暴な感じの兵士を見たし、奴隷狩りの馬車も見た。
対して皇国は謎の存在だ。
私の中では『湾市が首都』という位置づけだけど、はるか東の砂漠の彼方から飛空艇でやってきて、なぜ新王国と戦っているのか。
情報が少なすぎてさっぱり分からない。
私の役割はどうやらその皇国の王子様を見つけ出すことらしいので、無関係ではない。
そもそも王子が行方不明なのは、戦争に関係しているのか?
後でファルタに聞いてみよう。
さすがに他人のいる場所でするような話ではない。
ファルタが最後のチュロスを食べ終える頃には、日もかなり西に傾いて街の白壁が明るい桃色に染まり美しい。
空気中のキラキラも増した気がする。
ぼんやり空を見ていると、広場の反対側から音楽が聞こえてきた。
珍しい。というか、この世界で初めて音楽を聞いた気がする。
弦楽器っぽいシャラシャラいう音と、女性の歌声だ。
「ファルタ、なんかやってる。見に行こう」
音に惹かれてたどりついた先では、数人の女が歌い踊っていた。
他の建物とはちょっと趣の違う、煌びやかでひときわ大きな館の前だ。
階段の上が舞台のようになっている。
毎日ある催しなのかもしれない。
細やかな柄を織り込んだ薄衣をまとった女性たちは、くるくると回り踊る。夢幻に誘うような音楽。
ふと気づくと、周囲には結構多くの観客が集まっていた。
全て男だ。
きゃらきゃらと妖しく笑う女たち。
そのひとりがまっすぐ私を見て、嘲るように笑った。
それで私はようやく気がついた。ここはあれだ。
いわゆる春を売る場所だ。
路上ライブなんかではない。
さすがの場違い感に恥ずかしくなる。
そっとファルタの袖を引いてその場を離れた
楽の音を遠くに聞きながら普通の宿を探すが、どこも扉が固く閉まっていて普通の宿などありそうにない。
おそらくここはそういう町なのだ。
オアシスにあって、旅の男たちに享楽の場を提供する。そう思ってみれば奇妙なまでの明るさも生活感のなさも納得だった。
「泊まるところなさそう。どうする? ファルタ」
「まあその辺の木陰で寝ても、いいんじゃないか」
めっちゃ適当な返事来たよ。
とはいえ他にいい考えも浮かばない。町を出て荒野で寝ても同じだし、娼館に入るわけにもいかない。
浮かれていた気分は、何ともしまらない終わり方で締めくくられた。
―――と思っていたのだが。
翌朝目覚めてびっくり仰天。
確かに街の広場の片隅、椰子の木陰で眠ったはずだったのに、周りを見渡しても何もない。
ただ砂の海が広がるばかりだ。
いったい全体どういうこと?
慌ててファルタをゆすり起こす。ファルタは意外と寝汚い。きっと地上の最強種で、何も警戒する必要がないからだろう。
「ファルタ、街がどっか行っちゃったよ。それとも私たちが飛ばされたの?」
ファルタは身体を起こし、寝ぼけまなこであたりを見回してつぶやいた。
「ああ、あれが話に聞く蜃気楼の町とかいうものだったのか」
「蜃気楼? 実体あったよね」
「夢幻楼閣とか言われるな。求めてもたどり着けない場所だと」
「たどり着いちゃったじゃない」
「迷い込んだという方が正しいな」
「えー! あれ幻だったの!? 鍋は! 水筒は! スパイスは!?」
焦ってファルタの荷を漁る。
「あったよー!」
一安心だ。
「なんというか……男のロマンみたいなところだったのかな」
「綺麗な花には棘がある、とも言うな」
ファルタにしては意味深っぽいことを言う。
「それはなに? あの娼館に入ると行方不明になっちゃって、スープの具にされちゃうとかそういう話?」
「サヤは想像力が豊かだな」
「褒め言葉と受け取っておく」
「まあ本当のところ、せいぜいが奴隷として売り飛ばされるくらいだろう。人間は捌いてしまったらあまり価値がない」
そうか。奴隷か。
日本では長く奴隷が存在しなかったからピンとこない。
しかも現代は、捌いた人体に価値のある世界だった。
ちょっと前まで、『外国で攫われて手足を切られて見せ物にされる』という都市伝説があったけど、今はもう速攻捌いてバラ売りだ。
でもこの世界には臓器移植なんて技術はないだろうから、捌いたら食べる方向しか考えつかなかった。
確かに生きてる方が使い道があるだろう。
なんならあそこにいた女性たちも、そうやって集められた可能性があるのか。
猫耳娘の村から蜃気楼の街。
ファンタジーらしさ全開すぎる展開で、これまでの地味な縄文時代的なーろっぱ世界とはずいぶん方向性が違う。
山を越えたら別ゲームだったようだ。




