47 蜃気楼の街
マチュピチュもどきの村は山脈の最高地点にあったらしく、それからは上り下りを繰り返しながらも緩やかに低地へと向かって行った。
山地を下りきると、その向こうは荒野が広がっていた。
気温は高い。湿度は低い。
『砂漠』と言った方がいいのかもしれない。砂漠というのは砂地のことでなく、降雨量の少ない土地を指しているらしい。
だとしたらこの何も無い荒涼とした土地は紛れもなく砂漠だ。
ただ1つ幸いなことに、山から流れ下った細い川の流れが続いていた。
川沿いに行くうちは水の心配がいらない。
元の世界だったら、川の水をそのまま飲むなんて考えられない暴挙だけど、ここではおそらくごく普通のことだ。
そして仙女ボディは病気の心配はなさそうなのだ。
川があるうちは安心。でも、ピザと一緒にコーラが注文できないのは、どう考えても片手落ちだろうと思う。
謎のファストファッションショップでは、スウェットを注文してもパーカーを頼んでも、ゴスロリしか届かないのはもう慣れた。
なぜかゴスロリ衣装にはバリエーションが結構ある。
同じデザインのものは二度と届かない。
見た目の割に着心地は悪くないので、近頃は楽しんでいた。
私は荒野の真ん中で、無駄にゴスロリファッションショーを繰り広げる。
鏡がないのが返す返すも残念だ。
くるくる金髪で青い瞳の仙女ボディは、ゴスロリもさぞ似合っているだろうに。
ゴスロリ装備には、傘も付属していたのは助かった。
砂漠の日射は容赦なかったから。
昼は熱暑、夜は極寒。
ファルタがいるから、野生動物や魔物に襲われる心配だけはなかったが、暑さ寒さ寝床の硬さはどうしようもない。
何日間か川に沿って進み、ピザの顔も見たくなくなった頃、川が消失した。
「こういう川は、地上で見えなくなっても地下を流れていて、またどこかで地上に湧き出てオアシスを作ったりするのよね」
「そうなのだな。確かに、オアシスというものには時折出会うな」
「どちらが低くなってるかわかるかな」
ファルタの感覚は私よりずっと優れているから、微妙な高低差なんかも感知するかもしれないと思って尋ねてみると
「こちらだな」
即答だった。
ファルタの案内に従って歩くこと二日。
三日目に、地平線の向こうに蜃気楼のような街が見えてきた。
「街だよ、ファルタ!」
「そうだな」
「水筒と鍋、売ってるといいなあ」
地平線目指してひたすら歩く。
オアシスの町は、まさに蜃気楼のようにきらびやかだった。
石作りの建物は白く塗られ、窓枠や扉は明るい色で彩られている。
色とりどりのタイルで飾られた道。
鮮やかな色の布が中空に張り巡らされ、吹き抜ける風に揺れている。
街の至る所に噴水があり、ヤシの木陰がある。
絵に描いたようなオアシスだ。
道行く人ものんびりとした感じで、涼しげな服装といいリゾート地を思わせる。
何もかも明るく、空気中にもキラキラした光が舞っているかのようだ。
人々も皆ゆっくりと歩いていて、なんだか本当に幻の街のようだった。
「市場、きっと市場があるよね! 鍋買おう! 水筒も! それにスパイスとかも売ってそう! きっと甘いものもあるよね!」
テンションが上がる。同時に語彙レベルが低下する。
お金はファルタが持っているから、買い物し放題だよ。
「市場はこっちかな」
小径を曲がると、まさしく市場だった。
台の上に様々な商品を並べた店が、小道の両側に並んでいる。
果物や野菜、穀物、スパイスなどの食品から、布、衣服、きらびやかな装飾品。食器などの日用品。あらゆるものが集まってさながらスーパーマーケットだ。
今まで見たどこの街より豊かだった。
建物の中に店はなく、すべて露天だ。
「ファルタ、この鍋どう? 持ち歩けるかな」
「まあなんとかなるだろう」
「水筒は……無いなあ」
「これはどうだ」
ファルタが取り上げたのは茶色の袋だ。
「水を入れるなら袋だろう。サヤの言う水筒とはそういうものだろう」
「ああ……そうか。プラの水筒なんかあるわけないよね。これは何でできてるの」
商人に向けて問いかけてみる。
「動物の膀胱ですな。丈夫で水漏れしない」
「ボウコウ……」
まあ伝統的な品ではあるか。
「ずいぶん賑やかな市場だね」
ファルタが代金を払い、私は商人に話しかける。
「ここは特別ですからな」
「特別?」
「選ばれた商人しか入れませんで」
「へー」
確かにどの店も小綺麗で、商人も小ざっぱりしている。
そうして見回してみると、鮮やかな色のたっぷりした服を着ている者が多いので、ぱっと見男女の区別がつきづらい。
「ここは男の人しか来ちゃダメとかあるのかな」
アラブとかインドとかそういうとこあるよね。
「そんなことはないですが、まあ男が多いですな」
「何か理由が?」
「まあ、女はあまり荒地の旅はしませんですし」
それはそうかも。
思い返せば、アモと歩いていた時も荷物を担いだ商人とはすれ違ったけれど、女性の旅人はあまり見かけなかった。
体力的にも、危険的にもこの世界では女性は旅に向いていない。
アモはそれが仕事で、ファルタは論外だ。
ここが旅人の立ち寄るオアシスの街なら、女性の客が少ないのも当然なのかもしれない
念願の鍋と水筒、それから目についたスパイスを購入して次の野宿への期待値が上がる。
でも今夜は宿を取って外食するのだ。
焼いた肉とピザ以外なら何でもいい。
スープとかパンとか、ものすごく久しぶりだ。
と言っても、私にはどこが宿だかもわからない。
ファルタにおまかせしておけば、いい感じのところを見つけてくれるだろうと思っていたら、サクッと街を出ようとするではないか。
「待って!」
ファルタの服をつかんで引き留める。
「今日はここに泊まろうよ。ベッドでゆっくり寝たい。それに食事もしたい」
せっかく街に来たんだから。
とにかくまずは何か食べられる場所を探そう。
市場を通り抜け、街外れに近いところまで来るとちょっとした広場にテントが張られている。
テントといってもキャンプで使うようなやつではなくて、運動会なんかで来賓席に使うようなやつだ。
テントではなくてタープに近いかも。
そこには椅子とテーブルが並べられていて、何人かの男たちがくつろいでいた。
奥には食べ物屋っぽい屋台が見えたが、時間のせいか一軒しかやっていない。
食べることに関しては文句を言わないファルタは、屋台の親父にそこにあるものを全部注文した。
と言ってもメニューは、小麦粉っぽいものを捏ねて薄くのばして脂で焼いたもの、何かのスープ、それから珍しい甘味としてやっぱり粉をねって細くしたものを少量の脂で揚げ、砂糖を振ったチュロスみたいなものの3点だ。
ファルタはテーブルの上にいっぱいに料理を積み上げてご機嫌だ。
さっきまで、すぐ街を出るとか言っていたのに。
野宿が長すぎて、街で食事することを忘れていたんじゃないかと思う。




