46 ダンジョンの村
〈ホラー注意!〉
〈虫登場!〉
がっつりホラーな回です
ご注意願います
5層しかなかったダンジョンを走り抜け、最下層へたどり着いた。
「うわ……気持ち悪い」
最下層はそれまでの雑なダンジョンとは全く違っていた。
一言で言うなら『エイリアンの巣』。
壁も床も虫っぽい素材だ。床から天井までずっとそれが続いている。歩くのも嫌だがファルタは気にしない。
その鉄のメンタル本当に羨ましい。
人外だとはわかっているけど、食べ物以外のことで感情が動かないのが徹底している。
人外という分類なら自分もそうなんだけれど、中身は普通のおばさんだからつまり虫は嫌なのだ。
泣きそうになりながら必死でファルタの後を追う。
奥から蟻だか蜂だかカマキリだかわからないものが、わらわらと走ってくる。人の倍ほどの背丈だ。
ファルタは剣を抜かず、そいつらを蹴り飛ばした。
虫は一蹴りで木っ端微塵になった。私はその破片が飛んでくるのも怖くて、身を潜めて震えていた。
攻撃が収まるとまた奥へ進む。
通路を抜けると巨大な空間だった。
壁には一面に人くらいの大きさのくぼみがあり、その半数には人が埋まっていた。
半透明の樹脂のようなもので埋められた人々は、苦悶と驚愕の表情を浮かべたまま固まっている。
生きているのか死んでいるのかもわからない。
必死に悲鳴を堪えあたりを見回すと、先刻の虫が壁を這い回って何かしている。
それはミツバチが巣の中で幼虫の世話をする様子に似ていた。
空間の中央には巨大な虫が鎮座している。
特にその腹部は大型トラックほどもある芋虫で、ぶよぶよブルブルと震えている。そして虫の頭部には、女の顔がついていた。
蜘蛛じゃなくて蟻っぽいけど、アラクネって設定なのか。
「無理……」
私はファルタの背にしがみつき目を瞑った。
嫌悪と恐怖でどうかなりそうだ。
叫び出さないでだけで精一杯だった。
突然、人の悲鳴が響き渡った。
驚いて目を開けると、ひとりの女性が虫に引きずられていた。
中央の巨大虫のそばまで来ると、巨大虫は腹部の末端を持ち上げ、そこから出した管の鋭い先端を女性に突き立てた。
絶叫が響き渡り、私の悲鳴はファルタの手で塞がれた。
管の中を何かが通っていき、女性の身体に入り込む。
管が引き抜かれると、痙攣する女性を虫が担ぎ上げて壁のくぼみに入れた。
あんな太いものが突き刺さったのに、なぜか血は全く出ていなかった。
くぼみの中に半透明の液体が染み出して固まっていく。
私は目を閉じるのも忘れてそれを見ていた。
「なるほどな」
ファルタが小声で囁く。
「ここでじっとしていろ」
言われなくても、動くこともできそうにない。
しゃがみこんで顔を覆ってしまいたかったが、ファルタが離れた今、それはできない。少なくともファルタの動向は見ておかねば。
ファルタは素早く巨大虫に近づくと、剣を虫の腹部に突き立てた。
虫は感覚が鈍いのか、特に反応しない。
そしてファルタはそれ以上の攻撃せずに戻ると、いきなり私を抱えて走り出した。
その後のことはよく覚えていない。
ファルタに抱えられての移動は私の耐久値を超えていて、つまり目を回していたのだ。
気がついたのは森の中だった。
柔らかい苔の上に寝かされていて、深い森の緑の香りがする。
あの最悪な場所から遠く離れているだろうことに安堵した。
女性たちを置き去りにしてきたことに罪悪感を感じないこともなかったが、悪夢の中の出来事だったかのように現実感が薄い。
それに、あそこでファルタが虫を全て殲滅することはおそらく可能だっただろうとは思うのだが、それが正しいことかどうかはわからない。
ファルタの力はこの世界において強力すぎる。
世界にたった二人しかいない竜人だというから、ほとんどチートと言える力なのだろう。
その力をもって世界に介入するのは、軽々に行ってはいけないことなのだと思う。
だからファルタが請け負った仕事は人探しで、海賊を皆殺しにしたのはその仕事に抵触したからだ。
つまり私を害そうとしたことがあの事態を引き起こしたわけだ。
対して今回は、こちらから突っ込んでいったので状況が違う。
ファルタが必要以上に虫を殺すことも、囚われた女性を助けようとすることもしなかったのは、そういうことだろう。
「あれって何だったんだろう……」
ぽつりと言葉がこぼれていた。
「寄生するタイプの魔物だろうな」
―――まんまエイリアンか。
そういう蜂がいることは知っている。
他の虫の幼虫に卵を産みつけて、孵った蜂の子は幼虫を食べて育つ。
虫の話だから「ふーん」で済んでいるけれど、対象が人間だったら正真正銘のホラーだ。
「あそこで働いていた蟻かカマキリみたいなのが生まれてくるわけね」
映画のショックシーンが脳裏に展開する。
「いやあれは普通の魔物だ。人に寄生させたなら、半妖が生まれてくる」
――― 半妖
そういえば、ファルタは言ってなかったか。
半妖は
「あの村にいた女たちだ」
と。
想定外すぎて言葉が出てこない。
頭の中で展開していたホラー映画の映像が、ケモミミアニメで上書きされる。
のどかな村に見えた。人々は楽しげに笑っていた。そういえば女性しかいなかったけれど。
「それって、元の人の人格とかは残っているのかな」
「ありえないな。寄生されたものは素材として使われる。生まれた半妖は魔物の記憶を持つ」
ファルタが饒舌だ。
おそらく私が恐慌に陥らないよう、ことさら理性的に話してくれているのだ。
ファルタは優しくない。でも誠実だ。アモもそうだった。
私はどうしたいのか。どうすればいいのか。
ファルタの力を持ってすれば、あの洞窟の魔物を一掃することも恐らくは可能だ。
でもそれはやっていいことなのか。やるべきことなのか。
私たち人外と言われるものが、そこまでこの世界に介入するのは正当なのか。
気持ちをとしては許せない、放っておけないというのは確かにある。
壁一面に埋められていた人。虫に捕まっていた女性の悲鳴。おぞましすぎる。
どれだけの人が襲われてきたのか。これからもそれは増え続けるのか。
黙ってしまった私に、ファルタをあっけらかんと言った。
「安心しろ。あの巣はもう終わりだ」
「え?」
「あの手の虫は、生涯に一度交尾して腹の中に一生分の精子を溜めている。それを壊してきたから、もう寄生卵は生まれない。受精しない卵からは、魔物しか孵らない」
呆れるほど簡単にファルタは私の葛藤を超えてくる。
「あまり大騒ぎにはしたくなかったからな。まあしばらく放っておけば巣が滅んで村もなくなるだろう」
しばらく、がどのぐらいかはわからないけれど、この件にこれ以上煩わされるな、と言われていることはわかる。
「ありがとう、ファルタ」
「なんの礼だ」
思わず笑いが漏れた。
「ファルタってかっこいいってこと」
「ますますわからん。それはそうとそろそろ飯にしないか。ピザを取り寄せてくれ。パイナップルのやつだ」
それでこそファルタだ。
「チーズマシマシでね」
「いいな」
満面の笑みが眩しい。
ぶれないファルタは、私が思っていたよりずっと頼りになる仲間だった。
半妖の村を後にして旅は続く。
東の果て湾市を目指して。
ホラー回はこれにて終了です




