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終末の月 ~異世界転生したら仙女でした…仙女ってナニ?~  作者: 天鳥たくみ


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42 何はなくとも

 ファルタはイノシシを降ろすと、でかい剣ではなく懐から取り出したナイフでざっくり捌き始めた。


「ぎゃあ!」

 私は二度目の悲鳴を上げ、逃げ出した。

 イノシシが見えない位置まで移動して、しゃがみ込んで顔を覆った。ほとんどパニックだ。


 あれがお肉だということはわかる。食べるには加工する必要があることもわかる。

 でも私の世界では、肉はせいぜい塊をスライスしてパックするレベルのものだった。毛皮付きで、手脚も付いたものを捌くスキルなんてあるはずもない。

 アモならできたんだろうか。この世界の一般人ならできるのだろうか。


 分からないけれど、今の私に無理なことだけは確かだった。

 目を閉じて、血の臭いもなるべく嗅がないように息を潜めて。

 しばらくそうしていると、落ち着いてきた。


 あれはお肉あれはお肉。

 心の中で唱える。

 おそらくファルタはあれを調理して食べるつもりだ。

 食べないという選択肢はない。せっかく獲ってきてくれたファルタに対しても(たとえほとんど自分が食べるためだったとしてもだ)イノシシの命に対しても不誠実だ。

 食事をねだったのは、紛れもなく私だったのだから。


 私がグズグズしている間に、ファルタは火を起こし肉を焼き始めたらしい。

 香ばしい食欲を誘う匂いが漂ってきた。

 私はゆっくりとファルタの元へ戻った。


「ありがとうファルタ、ごめんね」

「んん?」

 気にしてなさそうだけど一応けじめとして謝っておく。

「サヤは狩りをしたことがないんだな」

「うん」

「峨山の仙女は、どこか別の世界から呼ばれるものだというな」


 ファルタも知ってることなのか。


「そうだね。この世界の常識には疎くてごめんね」

「謝るようなことではないだろう。そもそも仙女はあまり人の世には関わらぬものだ」


 そうなんだ。


「私が盟約によってサヤを塔から連れ出したのだ。本来はずっとそばにいて守るべきだった。あの時はセイカ共に邪魔されたとしても、不甲斐ないことだった」


 ラプンツェルかな。


「焼けたぞ。食べられるか?」


 ファルタはかすかに笑って、葉っぱの皿に肉を切り分け、荷物から塩を取り出してかけてくれた。

 笑ったファルタの顔があんまり綺麗で一瞬時が止まった。

 そうだった。この人とんでもない美形だったんだ。

 いや忘れてたわけじゃないけど。


「美味しい」


 イノシシとファルタに感謝しながら二日ぶりの食事を堪能した。


 アモと旅し始めた頃憧れていた串焼き肉だ。脂の乗った肉は塩だけでも十分に美味だった。


 結局その日は湧き水の近くで一泊した。

 肉を焼くのに時間がかかったから、食べ終えたらもう夕方だったのだ。


 翌朝も残りの肉を食べ、水を飲んでその場を後にした。


 次に人里に出たら、キャンプ道具一式をとは言わないまでも、水筒と鍋ぐらいは手にいれたいものだ。

 ファルタがいれば狩りの獲物にはこと欠かない。しかも竜人族の食性からすれば、雑穀のパンなどより野生のイノシシの方が良さげではある。

 私は炭水化物も欲しいけど。




 来た道には戻らず、山の中を歩いた。

 アモに教わった野草や薬草が結構生えていたからだ。

 換金目的ではなくても、スパイスやお茶としては役立ちそうだ。


 結論から言うと、肉の香草焼きはかなりいけた。

 ファルタには大好評だった。

 けれど人里には十日経ってもたどり着かなかった。


 十日目の夜。

 あたりは深山幽谷の趣だ。

 ト○ロ出そう。

 ひたすら山奥に踏み込んでいる。これは山菜を探して遭難するパターンだ。

 ファルタがいるから遭難は絶対ないけれど。


 肉と野草だけの食事にも、さすがに飽きてきた。

 着たきりの服は藪漕ぎのせいであちこちほつれ、靴も擦り切れて穴が開きそうだ。


 せっかくファルタがいてお金があるのに、使える場所がない。

 非文明社会の悲哀だ。


 ネット通販で何でも買えた世界が、恋しくも羨ましく思い出される。

 感傷にかられて、私は久々にスマホを取り出してみた。

 電源は入る。不思議だけど。電池は消耗しないようだ。

 画面は私以外に見えないらしいから、入っていると言えるのかも微妙ではある。


 地図(マップ)を起動してみる。

 相変わらず新宿駅だ。役に立たない。


 密林を開いて、水筒を検索してみた。

 こんなにもたくさんの便利な商品があったのに、その利便性から遥かに遠い世界に来てしまったのだと、目眩がする。

 カートに入れるをタップしてみても、何も起きない。当然か。

 鍋を見たり、調味料を見たりしているうちに、一つの広告が目に止まった。


 ピザだ。

 なんと美味しそうなことか!

 Lサイズの、たっぷり具の乗ったピザ。悪魔の食べ物だ


 思わずタップする。

 カートに移動。


「え?」


 なぜか注文が進む。

 架空の注文でも楽しくなってどんどん先へ進めた。

 完了のボタンをタップして一段落だ。


「ふう」


 注文し終えてため息をつく。

 商品が届くはずもない。ひとときの夢から醒めた気分だ。


 しばしぼーっとしていたら、いきなりファルタが立ち上がり身構えた。


「何か来る」


 はっと顔を上げると、目の前に箱が出現した。


 思わず両手で受け取っていた。なぜってそれは見慣れたピザの箱だったからだ。


「え? えっ? なにこれ」

 箱以外のものは何も現れない。

 箱を抱えて立ち尽くす私に、ファルタは警戒の目を向けている。


「たぶん大丈夫……だと思う」

 ファルタに弁明して箱を開ける。

 開けるまでもなくあの誘惑のピザの香りがあたりに満ちて、さすがのファルタも箱の中を覗きに来る。


「は? ……本物?」


 ピザだ。

 紛れもなく4種のトッピングのLサイズのピザ。


「これは食べ物なのか? 仙女の魔法か?」

「わかんないけど……たぶん食べられると思う」

 一切れをつまんで口に入れる。

 ピザだ。

 何度も言うけど、懐かしいがっつり塩味のきいたピザ。

「食べてみて」

 ファルタに差し出す。

 疑念に食欲が勝ったのか、一切れがファルタの口の中へ消える。


 それからは早かった。

 ほとんど一瞬でLサイズが消えた。


「もっとないのか」

 わくわくと、ご飯を待つ大型犬のような瞳で見つめられて、もう一度スマホを起動する。


 一度きりの奇跡かと思ったけど、なんと問題なく繋がって再びピザが届いた。

 どうやらいくらでも注文できるらしい。

 支払いがどうなっているのかは、皆目わからない。


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