41 別れ、そして旅の続き
コノンノの支部へ戻るというアモと、湾市へ向かう私とファルタはそこで別れた。
突っ立ったままの人々の口から青い草が伸びている村の光景は、あまりに気味が悪かったので、なるべく目を背けながら足早に通り抜けた。
青い麦畑が続く道も下を向いて歩き過ぎ、日が暮れると何もない平原の真ん中で草を踏んで作った寝床で眠った。
いつもは食べ物にうるさいファルタも黙ったまま夜を過ごした。
私はうっかり村の方を見て、またあのゆらゆらと揺らめく光を目にしたらとても耐えられないと思い、きつく目を閉じて眠れぬ時間をやり過ごした。
アモの不在は大きく、それ以上に私は別れた時のアモの様子にショックを受けていた。
結構長い間一緒に旅をしてきて、アモの人柄もわかった気になっていたけれど、それは私の甘々な思い込みに過ぎなかったのだと思い知らされた気がする。
最後に見たアモは、あのゆるい感じの話し方の影もなく、まるで壊れたパソコンが初期化されてOSだけになったみたいだった。
村人が草になってしまったというのも不気味で、ここは本当に私の知る世界とは根本的に違うのだと痛感した。
今歩いている長閑な道もどこかしら嘘くさく感じる。
丸一日歩いても道はダラダラと続いており、周囲は雑草もまばらな荒れ地だった。
あの村にいた商人やお宝探しの連中が通りかかるはずなのに、逃げるように去って行った商人たちの他は、誰にも出会わない。まるで村など無かったかのようだ。
私には理解不能なこの世界の理屈があるのかもしれないが、ファルタに訊ねるのは無駄のような気がした。
しかし今現在あてもなくただ道なりに歩いているわけだが、せめて人里にたどり着けないと詰む。
主に私が。
水も食料も無しでは、歩くだけでも容易ではない。
ひたすら平原を歩き続けると、いつしか右手に低い山並みが現れてきた。
「ねえ、ファルタ」
黙って横を歩いているファルタに話しかける余裕がようやくできた。
というか、相談しないとまずいだろうという考えに至った。
なにしろ一昨日の朝から一切飲み食いをしていない。
村長の家で出された食事をファルタもアモも拒否していたのは、おそらくあの麦が使われていたからだろうと想像はついたが、追求はしない。
今更だし、気持ち悪いだけだ。
あの村の有様を見れば、麦を食べた者が草になったと考えるのが妥当だ。
そんなものから作ったパンなど、口にしていたらと考えるだけで吐き気がする。
しかしいつまでも食事しないわけにもいかない。
「このまま進んでいったらどこかの街か村に着くのかな」
なにしろ今まで旅程のことは全てアモに丸投げだったので、ここがどこなのかもさっぱりわからない。
「さあな」
案の定ファルタの答えは思いっきりそっけなかった。
「人里に出ないと水も食べ物もないじゃない」
「そうだな」
「歩いて行けるところに人里があるかどうか、なんとかわからないかな? ちょっと見に行くとか」
「私が先行することはできない」
珍しくもきっぱり宣言された。
「サヤをひとりにするのはダメだ」
この何もない荒れ地では危険もなさそうだったけれど、どっちにしろファルタはテコでも動きそうにないので、この案は無しだろう。
「早く進みたいなら、私がサヤを運ぶこともできなくはないが」
それって、あの峨山の塔で抱えられた時みたいに運ばれるってことだよね。
それはできれば遠慮したい。
「サヤは嫌だろう。サヤの意思に沿わないことは避けるべきだ」
ファルタ優しい。
「サヤが自ら動くことが、盟約の履行には必要だからだ」
……そうですか。
別に優しいわけじゃなかった。
まあファルタだしね。
変な期待はしない方がいい。
「じゃあどうする? ひたすら歩いてみる?」
ファルタはぐるりと辺りを見回し、遠くの音を聞く犬みたいな表情をした。
「この山には湧き水がある」
と言って右手の低山を指さす。
なにそれ。本当に水音でも聞こえるの。それとも匂いとか。
人外の感覚は、私には想像もつかない。
「じゃあそっちに行こう。せめて水だけでも」
「わかった」
ずっと横を歩いていたファルタが、先導するように少し先に立った。
私がそちらへ行こう、という意思を示せばその通りにするということらしい。
というわけで山登りだ。さして高くはなさそうな山とはいえ、道もなく坂は急だ。
ファルタは下生えも低木も、ものともせず登っていくが、私は蔓に足を取られ枝に行く手を阻まれてなかなか進めない。
「ファルタ待って」
情けない声を上げるとファルタが戻ってきた。
「歩きにくいか」
こくこくうなずく。
するとファルはいきなり抜刀し、剣を空中で一閃した。
その威力たるや、私はまたも目が点だ。
なにしろ数十メートル先まで、草木が全て薙ぎ払われている。
草薙剣かな。
「これで歩きやすいだろう」
「……うん」
何というか全てが規格外だ。
生きるモビルスーツか。
環境破壊も甚だしいが、こんな大自然しかない場所ではたいして問題ではないかもしれない。
ファルタに手を引かれながら山の中腹まで進んだ。
木々の間から射してくる光が、できたての道を照らしている。
俄然歩きやすくなった山道だが、坂であることは変わらず、息が切れる。ゼイゼイ言いながら登り続け、それから道を逸れて少し下ったところに岩場があった。
湿った苔の匂い。
岩の間からチョロチョロと湧き出る水が、小さな流れを作っている。
透き通った水を手のひらにすくって飲む。
冷たくて心地いい。
気づいてみれば随分と気温が高くなっている。
夏に近づいているのか、移動したせいで気候が変わっているのかわからない。
この世界に来てそれなりに時が経ったけれど、相変わらずわからないことだらけだ。
「ねえ、ファルタ。今は夏? それともこの辺りが暖かい土地なのかな」
「季節で言うなら夏に近づいているな。真夏はまだ少し先だ。この辺りは特に暑くも寒くもない土地だ」
季節は全世界共通なのだろうか。地面が平らなら北半球も南半球もないわけだし。
時差もなくて全ての土地が同じ時間だ。
満足するまで水を飲む。
「はあ……美味しい水だった。持ってけないのは残念だけど。それに食事はどうしよう……」
「待っていろ」
ほぼ独り言のような私の言葉に反応すると、ファルタはいきなり姿を消した。
え? どこ行ったの?
速すぎて見えなかったんですけど。と、キョロキョロする間もなくファルタが戻ってきた。
何かを大きな黒いものを手に下げて。
それが、血がボタボタ垂れている首のないイノシシだとわかって私は悲鳴を上げた。
「ぎゃあ」
いや無理!
絵面が衝撃的すぎる。
ファルタは構わず血の滴るイノシシを私の方へ突き出して、当たり前のように
「捌けるか?」
とのたまった。
無理無理無理無理!!!
スーパーのレジ係にそんなスキルあるわけない。
どんなサバイバルよ。
「無理……」
と言うのが精一杯だった。
飲んだばかりの水を吐き戻しそうになった




