40 アモの仕事Ⅱ-3
ホラーっぽい描写があります
苦手な方はご注意ください
アモの手から筆と瓶が弾き飛ばされ砕け散るのがスローモーションのように見えた。
「アモ!」
倒れ込むアモに向けて走り寄ろうとした私より早く、ファルタが地を蹴って空中にいる何かに斬りかかった。
再びすごい衝撃音と光が飛び散って、その空中の何かは私とアモの前に姿を現した。
ファルタは着地すると、私たちを守るように剣を構える。
アニメの戦闘シーンかというような一瞬の出来事だ。
と思う間もなくファルタはまた、空中にいるそれに向かってジャンプし斬りかかった。
問答無用、情け容赦なしだ。
いやそもそもあれがアモを攻撃してきたんだけど。
「アモ、大丈夫!?」
私はアモを抱えて少しでもこの場から離れようとしたけれど、仙女ボディは非力すぎてアモの身体を抱き起こすこともできなかった。
必死に声をかけ続ける。
「アモ!」
その間にも空中では激しい戦闘音が鳴り響き、火花が散る。
これは峨山で見て以来の怪獣大決戦だ。
あのファルタと互角に戦える者が他にもいたのかと驚きだ。
と思っていたが実は互角ではなかったらしく、対戦相手はあっという間にファルタに叩き落とされて目の前の地面に転がった。
金色の髪、ヒラヒラした白い衣装。
女だ。
そして背中の羽。
私にとっては分かりやすい天使の造形だ。
天使様とはこのことか。
その慈悲深い天使様がなぜいきなりアモを攻撃するのか。
転がった天使が身体を起こす間もなく、ファルタは着地するとその衣装に剣を突き立てた。
「な、何なのよ、お前アモじゃないわよね!?」
「お前こそ何者だ。なぜアモを狙う」
顔色ひとつ変えず淡々と詰め寄るファルタは、私が見ても怖い。
「答えないなら処分する」
剣を引き抜き、女の首元に突きつけたファルタは十分に本気だ。
そもそもブラフとかするような高度な作戦などとは無縁だ。
怖すぎるよ。
ファルタを止めるべきか一瞬迷った私の前に、次の瞬間何かが飛んできた。
ファルタの剣が一閃し、それを弾き飛ばす。
金属音から察するにナイフのようなものだろう。ということは投げてきた人物がいるのだ。
私にはどこから飛んできたのかなんて知る術もなかったけれど、ファルタは空の一角に向かって声をあげた。
「いらぬ手出しはやめておけ! でなければ容赦しない」
ファルタにしたらびっくりするほどの譲歩なんだけど、相手にそれがわかるだろうか。
さすがに海賊の時とは違って、目の前で少女が首を飛ばされるのはちょっと勘弁なのだが。
ファルタが譲歩したのは、私たちをかばっているからだろう。
それでも相手がひとりなら、問答無用でぶっ飛ばすつもりだったんだろうけれど、二人以上となると、自分の身を守れない私と倒れているアモを守りながら戦うのはリスクがあると考えたのだと思う。
―――その一瞬。
目の前に黒髪の美少女が現れたと思ったら、金髪天使の手を引いて消え去った。
私にはテレポートしてきたとしか思えなかったが、ファルタが何かを目で追っているのを見ると、転送とかではなくすごい速さで逃げていったらしい。
目の前の脅威が去って気が抜けた私は地べたにへたり込んだ。
いやへたっている場合ではない。
「アモ、大丈夫?」
そっと肩を抱いて声をかけると
「……」
アモはゆっくりと身体を起こして私を見た。
「大丈夫ではないですが、とりあえず動けます」
「よかった」
でも大丈夫じゃないって、怪我でもしたのか。
「サヤさん」
「アモ、怪我は?」
「怪我はありません。でも」
アモの声はなんだか冷ややかだ。
ここはまずお互いの無事を喜ぶところでしょ。
「筆が壊され、イソは飛び散ってしまいました。摂理の綻びは繕えないまま放置される……この村は終わりです」
アモの顔からも声からも、表情がごっそり抜け落ちている。
もともと表情豊かとは言えなかったけれど、これはまるで不気味の谷のアンドロイドだ。
その表情で怖いことをさらっと言った。
「終わりって……アモ……」
アモは黙って沼地を指さした。
そこでは先ほどまで棒で泥を掻き回しながら歩き回っていた人たちが、皆立ち止まり顔を上に向けている。
「何してるの……あの人たち」
気味の悪さに目を背けてアモを見ると、今度は黙ったまま私の後方を指さした。
振り返った先には、さっき私たちに天使様の説明をしてくれた女性が立っていた。
がっくりと顔を仰向かせて。
その大きく開いた口からは緑色のものが伸びている。
私は悲鳴を上げて後退り、アモにしがみついた。
「な、何あれ……」
「さあ、何でしょう」
震える私の声に対して、アモの返事には相変わらず一切の感情がない。
「何であるかはわかりませんが、おそらくあれが成長すると人の形は崩れてなくなると思われます。そして夜には発光する」
ゆらゆらと揺れながら。
……いやいやいや!
そんな説明いらないから。
余計に気持ち悪いだけだし。
「ふむ村人は全て草になったようだな」
辺りを見回してファルタが言う。
二人とも情報分析能力がすごいけど、あまりにも平常心過ぎるんじゃないだろうか。
……ああそうか
そういえばこの二人は人外生物だった。
村人に感情移入することなんかないのか。
私も人外らしいけれど、普通の人間だった記憶しかないからそんなに割り切れない。
村の中には一部草にならなかった旅人もいたらしく、たまに叫び声が聞こえてくる。
周り中の人から草が生えてるのを見たら、そりゃ叫ぶよね。
「筆もイソもなくしたので、アモに報告しなければなりません。この綻びがこれ以上拡がらないうちに手を打つ必要があります」
アモは相変わらず平板な声で続けた。
もともとアモも感情が豊かというタイプではなかったけれど、今は何かが違う。
感情というよりは、個性が抜け落ちてしまったようだ。
「なのでサヤさんはファルタと共に行ってください」
『行くってどこへ?』という言葉は飲み込んだ。
今のアモは取り付く島もなさそうに思えたからだ。
どこへ行くかは私が自分で決めなければならない。
道先案内人をしてくれたアモはいなくなるのだ。
絶対強者のファルタがそばにいても、寄る辺をなくしたような心細さはどうしようもなかった。
「わかった。気をつけてね、アモ」
「はい。サヤさんもお気をつけて」
いっそ事務的な別れの挨拶が物悲しかった。




