39 アモの仕事Ⅱ-2
「アモ」
ずっと黙っていたファルが珍しく声をかける。
「この仕事はどうしてもやらねばならないものなのか」
ファルタがアモの仕事に口出しするなんて思ってもみなかった私は、びっくりして彼女を見つめた。
ファルタの表情はいつもの無表情とそう変わらないようでいて、周囲に赤いお怒りマークが飛び交っているのがはっきり分かった。
こわ……
「アモが依頼を受けたということは、この依頼はこなさねばならないものだということです。アモの仕事は、摂理の綻びを正すことであり、村人の意思とは無関係です。おそらく摂理の綻びは思ったより大きい……」
そうなのか。
依頼されたから取り組むってわけではなくて、むしろ依頼は摂理の綻びとやらを発見するためのシグナルってことか。
なるほど
通信手段とか記録手段があの伝え石とかいう人力頼みの代物しかなくて、移動手段もほぼ徒歩しかない世界じゃあ、人が発信する情報を受け取る方が探して歩くより早いってことだ。
「むー」
ファルタは不満そうだ。
「このひどい臭いは耐え難い」
え?
なんか臭う?
気づかなかった。
しかしファルタにそう言われてみると、確かにわずかな異臭がある。
ゴミを焼くような汚泥のような。
小綺麗で賑やかな村の様子にはそぐわない不安を煽る臭い。
「ファルタは先に村を出てください。サヤさんも一緒に行ってください」
いきなり何を言い出すか。
「え? 時間かかりそうなの?」
「そういうわけではないですが」
「なら私はアモと一緒にいるよ。ファルタは行ってもいいよ」
「それはダメだ」
お怒りマークが増えた。
「やっと見つけた仙女から目を離すわけにはいかない」
なんか信用ないな。
まあ再発見時があれだったから仕方ないとは思う。
海の上を走ってまで追いかけてきたわけだし。
ファルタにしたら謎の塔を百階まで登ってやっと面会したのに、ソッコー見失って、再度見つけたらボコボコにされていたって状態だった。
目を離したら何があるかわからないと思われても仕方ない。
村の門からぐるっと外周を歩く。
すると見慣れない像があちこちにあるのに気づいた。
多くは木造らしくてそれほど大きくはない。
家の壁や道端に建てられた杭の上に飾られている。
最初は虫かと思った。
というのもそれらの木像はあまりできがよくなくて、頭と手と羽があることくらいしかわからなかったからだ。
頭があって腕があって背に羽根がある。
まあ虫かな? と思ったけれど、よく見ればこれは虫じゃなくて人間かもしれない。
虫の像を飾るよりはありそうな話だ。
半分ぐらい回ったところでアモは立ち止まった。
そこには建てかけの大きな家があった。
塔のようなものも作りかけられていて、なんとなく教会っぽい。
私の目にはそう映った。
神様のないこの世界で教会というのは不自然だが。
そういえばあちこちにあるあの像も宗教くさい。
なんとも砂を噛むような違和感がある。
村は低い木の柵で囲まれているだけで、石垣とか城壁といったものはない。
柵の外は泥地が広がっているようで、その泥沼の中にさっきから見かけたのと同じような像が立っていた。
それは家に建てられたものよりだいぶ大きくてほぼ人間と同じぐらいのサイズだ。
沼地では膝下まで泥に浸かった人が何人か棒のようなものを持って歩き回っていた
何してるんだろうあの人たち。
思わずこぼれた私の声を通りすがった女性が拾った。
「あれはお宝探しの連中だよ」
「お宝?」
村人らしき女性に問いかけると
「そうそう。ご覧の通りこの村は沼地に囲まれていてね。作物も育たずずっと貧しかったんだ。それがある時天使様が現れてね」
テンシサマ……
思わず半目になってしまう。
「村人を哀れに思ってお宝を授けてくださった」
ますます胡乱げな目になるのをを止められない。
「嘘ではないよ。本当に沼地から財宝が見つかったんだ」
村人は力説する。
「それから財宝目当てのやつらが集まるようになって、そいつら目当ての商売人も集まって、村は栄えたわけよ」
なるほど。
「テンシ? 何ですかそれは」
だいぶ遅れてアモが疑問を発した。
あ、これは天使が何かわからないってやつだ。
そりゃそうだわ。神がなければ神の遣いもないだろう。
「天使様はそりゃ美しい女の人で、大きな翼があって空を飛ぶんだ。キラキラ光って目が潰れそうなほどだよ」
大天使はだいたい男だけどな。ミカエルとかラファエルとか。
いや、そもそも天使に性別があるのか。
「それだけじゃない。天使様は村に素晴らしい麦の種を恵んでくださったんだ。この麦は沼地でもよく育って、真っ白いパンになる。このパンを食べるためだけに旅人が来るくらいさ」
なんだか話がうますぎてうさん臭い。
「夜に光が見えるというのはどの辺ですか」
アモは女性の話をガン無視して問いかける。
「光……ああそれは、この頃はどこでも見えるね。だんだん数が多くなって。最初は気味が悪かったけど、慣れればどうってことないさ。何か悪さをするわけでもないしね」
「そうですか」
アモはひどく真剣な面持ちでしばし考え込み、やがて意を決したように懐から小瓶と筆をとりだした。
アモが筆で宙に文字を書く。
文字の形は見えないけれど文字なのだとわかる。
真っ黒だった筆からキラキラと発光するイソとかいうものが撒き散らされる。
見るのは2度目だけれど何とも幻想的な光景だ。
と、見つめていたら、突然雷でも落ちたかのような閃光と衝撃が走った。




