37 常識?
「竜は何匹……どのくらいの数いるのかな」
後ろにいる人の親? に対して匹はちょっと失礼かなと思って言い直す。
「さあー、わからないですね。天の高みのことですからー」
「竜人は? ファルタは同族が何人居るか知ってる?」
後ろを向いて訊ねてみる。話には加わってこないけれど、たぶん聞こえているはずだ。
「今現在は二人だな。私とセイカだ」
「え、二人だけ?」
「二人でも多いくらいだ」
「竜人はー、空から墜ちてきた竜の卵から生まれるそうです。竜骸と同じように滅多にあることではないですー」
「卵……」
思わずファルタをガン見してしまった。
人外だとは思っていたけれど、思った以上に人外生物だった。
しかも、竜人族というくらいだからそれなりの数がいるのかと思えば世界にたった二人。
まあ仙女も一人しか居ないらしいし、希少生物はいろいろあるのかもしれない。
残念ながら獣人なんかはいないのはわかった。モフモフ系はちょっと期待してた。
「それじゃあ、妖精とか精霊とかはいるのかな」
「それはお伽噺ですねー」
「いないのか」
「魔物の見間違えだったりー、摂理の綻びを妖精の仕業だと言ったりすることはありますねー」
その辺は元世界と一緒だ。摂理の綻びとやらはさておき。
「迷信深い地域では信じられていることもあります。悪魔とかー、天使とか」
神様が無いのに悪魔や天使はあるのか。どういう位置づけなのだか謎すぎる。
「人間、獣、魔物、この三種類でだいたいあってる? 例外的に竜人とか仙女とかがいるとして」
「だと思いますー。私も知らないこともありますし」
それはそうだろう。
世界に一人とか二人しかいない希少生物にやたら遭遇するはずもない。二人も出会っている時点で驚きだ。
ああ、だからアモの同業者達はみんな私を見て眼を丸くしてたんだ、と今更ながら気づく。
自分が希少生物だなんて、なかなか納得できないものだ。
のんびりと土手道を歩き続け、茶屋や屋台を見つけるやいなやファルタが突撃するというルーチンを繰り返しつつ次の町に辿り着いた。
まだ夕暮れの名残が空を染めていて、街の中も薄明るい。春夏秋冬が元世界と同じようなら、おそらく今が一番昼の長い季節なのだろう。
「寄り合い所に行ってきますのでー、先に夕食食べてください」
「わかった」
そういう時だけ返事が早いな、ファルタ。
「ここでは寄り合い所に泊まらないの?」
今現在、街中の宿に部屋を取ったところだ。
「この宿の方が寄り合い所より居心地良いですー。今はお金ありますから」
なるほど。
「リョーカイ。行ってらっしゃい」
昨日の宿よりはちょっとましで、渡された灯りの油は植物油らしく酷い臭いは無かった。
それだけでだいぶ快適だ。
昼夜を問わず人工の明かりが溢れていた日本が、どれほど贅沢な場所だったか思い返す。
人類誕生以来、照明はずっと火だった。
電灯の歴史は二百年ほどでしかない。一般に普及したのはもう百年ほど後だ。長い白熱灯時代の後に蛍光灯、そしてLED。
街を彩っていたネオンやイルミネーション。
明かりの無い生活など、考えたこともなかった。
明かりが無いから、普通の人は暗くなったら寝て明るくなったら起きる。
夜に外を気軽に出歩けるほどこの世界は安全ではないし、家の中は真っ暗だ。
しかし旅人がこの町の宿に着く頃にはだいたい日が落ちている。
なので、宿では灯火を提供しているのだ。
少量の油に灯心を浸して灯した明かりは、テーブル上の料理を照らすにも心許ない。日本で使ったロウソクよりもずっと小さな火だ。
色はほとんど見えないし、パンは手触りでわかるとしても皿の中身は口に入れてもなんだかよくわからない。
この宿ではもう海の魚が出ることはなく、スープの具は川魚だということはかろうじてわかった。
闇鍋のごとき夕食の後はさっさと寝床に入って、翌朝夜明けと共に起き出して宿を発つ。
町の広場で雑穀粥の朝食をとり、アモは伝え石で情報を仕入れファルタは食料を調達する。
これが旅の定番になるのかな。
なんて思っていましたが、翌日は野宿でした。
河の土手道を遡る街道を途中で外れ、人通りのない細い道を行く。
丈の高い雑草が両側に茂り、ともすれば道を覆い尽くしてしまいそうだ。
当然茶屋も屋台もなく、昼食は手持ちのパンを、前の町で買い込んだ竹筒のようなものに入った薄いエールで流し込んだ。
ファルタから不満が出るかと思ったが、特に何を言うでもなかった。
ずっと残念なところばかり見せられていたので、すっかり残念な人だと評価が定まっていたけれど普通に常識はわきまえている人だったようだ。
目の前に食べ物が無ければ、見た目通りのクールキャラだ。
暗くなる前に道を少し外れて草を踏みしだき、三人が寝られるスペースを作る。
薄暗がりの中でまたパンとエールだけの夕食を摂った。
アモと二人で続けていたのと同じような旅が復活だ。
それでも、この世界にもそれなりに美味しいものや野宿よりは快適な宿が存在することがわかっただけ以前ほどの寂寥感は無い。
「今夜はファルタがいるから何もしなくても安心ですねー」
「何もしないって、今までは何かしてたの?」
「そりゃあ、一応は」
「何を?」
「結界石を置いてましたー」
「なにそれ!?」
いきなりファンタジーっぽいの出てきた。
「気配が伝わりにくくなる簡易魔法の一種だな」
ファルタが答えた。
「そんな便利なものがあるの」
「無いよりマシくらいのものだ」
「ですねー。ファルタの気配は強すぎるから置いても無意味ですしー、竜人がいたら獣も魔物もまず寄ってきません」
「それって魔法? 魔道具? だよね。そういうものあるんだ」
「魔法と言うほどのものではないな」
「ですー、ちょっとした道具ですねー」
いや、そんなもの元世界には無かったし。
そもそもどういう原理で発動するのよ―――と考えて、この世界では物理法則そのものが違っているということを思い出した。
どんな理屈で作用するのか考えるだけ無駄なのかも……。
魔法のことはまたゆっくり訊いてみよう。どうせ道中は暇なのだ。
明日も早起き。寝ないと保たない。今は一年で一番夜が短い季節だ。
ふと目が覚めた。
辺りは暗く、まだ夜明けの気配は遠い。
見上げた空はどんよりと黒くて、星の一つも無い。雲が低そうだ。
視野の端にぼんやりと光が見えた気がした。
視線を移動しても何も見えない。そもそも丈の高い草が茂っているから遠くは見えないのだ。
どうにも気になって上半身を起こし、頭を廻らせてみる。
寝ていた時よりは草がまばらになって幾分遠くまで見渡せた。
微かな光が視野をかすめる。
よく見ようとすると見えなくなってしまうくらいの弱い光だ。なんとなくだが、ランプとかロウソクとかの灯りではなくもっと大きな物のような気がした。
揺らめいているようにも見えるけれど、なんの光なのか見当もつかない。
よく見れば一つではなく複数光っているようだ。だがなんの光かわからないことは変わらない。
しばらく考えながら眺めていたが、これといった変化も無いようでさすがに飽きた。
ぱたりと半身を倒して今一度眠ることにする。
目を瞑っても眠りはなかなか訪れなかった。




