28 コノンノ領主館にて2
「何って……地名ですけど」
「大きな街は描いてありますよ。コノンノから近いのはここ、ドゥーバですか。小さい街は描かれていませんが」
「ええと、そうじゃなくて文字を書き込まないのはなぜかっていうことで」
「何を描き込むと?」
メガネくんが真顔で私を見て眉を寄せた。
「え? ……文字……ですけど……」
「サヤさんの言うことは時々わからないですねえー」
アモがのんびりと見当違いの感想を述べる。
そうじゃない―――
これは―――
「文字……わかりませんか?」
もう一度確認するが、二人は聞き取れなかったように首をかしげた。
聞き返してくることもない。
これは『神様』の時より酷い。
たぶん、二人には私の言葉がノイズになっている。
つまり―――
この世界には『文字』が存在しないのだ。
思い返してみれば、この世界の文字を見た記憶が無い。
本も書類も看板も無かった
今まで通ってきた場所の文明レベルが低いからだと勝手に解釈していた。竪穴住居の村しか見ていなければそう考えても仕方ないと思う。
単純に、もっと大きな街に行けば文字情報があるものだと思い込んでいた。
けれど、ここまで来て文字を見たのはダンジョンの転移魔方陣に浮かんだ漢字だけだ。
あれはおそらく私と同じ日本人の転生者が造ったものだ。だから漢字だった。
あとはアモがイソとやらで空中に描いていた文字。あれは私が勝手に文字だと思っていただけで、ただの柄か記号だったのかもしれない。
それ以外の文字も数字も、まったく目にしていない。
文字が無いって―――
さすがのショックに呆然とする。
地面が平たいことよりエネルギー保存則が無いことより驚愕した。
本が無いから印刷物を作るって話は異世界ものではわりとメジャーだったよな……なんて思考が逃避する。
黙り込んでしまった私をアモとメガネくんは胡乱げな眼差しで見やっている。
それでも文字の無い世界なんて信じられない。
記録無くしてどうやって文明を発達させたのだろうか。
竪穴住居の村ならわかる。
いわゆる中世ヨーロッパだって識字率は果てしなく低かった。記録はほとんどが口頭で伝えられ、暗記するものだった。
それは分かるけれど、この街の賑わいを見て空飛ぶ乗り物があるという話を聞いてしまったら、本当に記録が無くて技術や情報を伝えていけるのか疑問に思う。
「……地理とか歴史とか、全部憶えてるんですか?」
おそるおそる訊いてみる。ひょっとしたらここの人たちはめちゃくちゃ記憶力が良いのかもしれない。
「まさか」
メガネくんはちょっと呆れたように笑った。
笑われたよ!
「サヤさんは、代替わりしたばかりだそうでー」
アモが助け船を出してくれた。
「ああ、それでご存じないことが多いのですね」
どうやらメガネくんも合点してくれたらしい。
ご存じないとも。
じゃあ、文字が無くていったいどうやって記録を保存しているというのだ。
「伝え石―――もご存じではない?」
ツタエイシ―――なんだそりゃ。
伝え、石、で合ってるのだろうか。
「これが伝え石です」
と言って、メガネくんは扉のある戸棚から一抱えはありそうな石を取り出して机の上に載せた。
細かな装飾のある台座に嵌まっていて貴重品のようだが、特に美しくもない。
どう見てもただの石だ。
伝えるって事は、通信手段なのか。
「近くに寄って知りたい事を訊ねれば、答えが聞けます」
はあ!?
ナニソレ?
AI!?
「もちろんなんでも答えられるわけではないです。これはアモの伝え石ですから、アモの関わったことしか答えられません」
「表の広場にもあったですよー」
あの神殿か!!
「村で見た祠っぽいのもそうだったの?」
「そですねー。中にその村の伝え石があります」
「村にあるものはだいたい村で起きた事を記録しています。大きな街の伝え石ほど、多くのことを答えられます」
「これが勝手に出来事を記録していくわけ?」
「いえいえ。記録も人がします。やっぱり手を当てて記録したいことを話します」
検索機能付きのレコーダーか。
伝える―――は通信ではなくて伝承だったようだ。
「誰でも勝手に記録できるんですか」
「できますが、どこでも大抵専任の者がいるようですね。コノンノには12人居て毎日交代で記録しています。街で起きた事や船の積み荷についてや、他の国他の地方の情報なども。なのでここの伝え石を使う時は料金がかかります。記録者は領主館で雇われていますから」
「記録したことは誰でも聞けちゃうってことですか」
「そうなりますね。ですから大手の商人などは自前の伝え石を持つこともあります」
「これみたいに?」
机の上の石を指し示す。
「はい。ちなみにこれの記録は私がしています」
ご苦労様です、と言いそうになった。
つまり広場にあるのは公的な記録で、私的な記録も持てるってことだ。
「アモの仕事は摂理に関わるものですからこの大きさですが、商人などの手に入るのはずっと小さくてあまり多くは記録できません。それでも商品の出入荷記録や代金の計算には必要ですからね」
ちょっと待て。
記録だけじゃなく計算もできる?
レコーダーというよりパソコンに近いのか。
そういえば昔のSFではコンピュータは音声出入力だったような。
謎のハイテクノロジー……
いや、これが魔法というものなのだろうか。
ずっとお目にかかってなかったから忘れていたけれど、美形剣士や三人組は魔法をぶっ放してたのだった。
ダンジョンだって魔法の一種か。
魔法万能だな。
ああ、そうか。この領主館にいる人たちが大事そうに持っていた小箱の中にはこれが入ってるんだ。
必需品であるだけでなく、これを持てるってことがステータスでもあるわけだから箱を飾るのも当然。
なんだか大量の情報にくらくらする。
異世界が思ったより異質すぎて簡単には飲み込めない。
質問すべき事はたくさんあるように思えたけれど、何から訊いたらいいのかわからない。
ゆっくり慣れていくしかないか。
アモとの旅はまだ当分続きそうだし、時間はある。




