27 コノンノ領主館にて
広い道をまっすぐ行った突き当たりが、城だった。
この土地自体が岬だから、街は城で行き止まっている。その先は海だ。
城の前は広場になっていて、真ん中に例の祠が建っていた。
かなりの規模なのでもう祠ではなく神殿だ。円形に近い多角形で一面に一つずつ入り口がある。
一つの入り口に一人もしくは数人ずつ、たくさんの人が出入りしている。村ではあまり拝んでいる人を見かけなかったが、ここでは人気があるらしい。
あれはいったいどういう施設なのだろう。
神様の概念が無いのだから、宗教的なものではないはずだ。だとするとなにか実用的なものなのだろうか。
自販機とか、プリクラとか―――
だめだ、想像が付かない。
アモに訊こうと思った時には、城の入り口に着いてしまった。
城壁部分にアーチ型の大きな入り口が開いている。城門らしきものは特に無く、この街が防衛を主体に造られたものではないことが察せられる。
貿易都市が開放的なのは、この周辺が長期にわたって安定した平和な場所だということだ。
そんなことを思っていて、ふと気づいた。
周囲にいる人々の服装だ。
港に居た人や大通りで荷を運んでいた人たちは、今まで通り過ぎてきた村の人たちと大差ない服装だったけれど、この領主館に出入りする人々の中にはかなり豪華な服装の者たちが見られる。
色鮮やかな布地、華やかな刺繍や繊細なレース。デザインこそなんちゃって中世ヨーロッパ風から逸脱することがないものの、明らかに身分の差だか貧富の差だかが見て取れる。
それにしても―――
横を歩くアモを見る。
こうしてみるとアモの格好は相当珍しいよね。
当初はツインテールとかニーハイとかが跋扈するWeb小説みたいな世界観なのかと思っていたけど、今のところアモ以外にそんな服は見かけない。
文化的にも文明的にも地方によってかなり隔たりがあるようだから、どこか遠い地域の服なのかもしれない。
建物の中はひんやりと薄暗いが、大勢の人が行き来して賑やかだ。明かりが窓しかないのだから薄暗いのは仕方ない。
行き交う人の多くが小箱を持っている。手のひらサイズでさまざまな装飾に彩られた綺麗な箱だ。
なんだろう、あれ。ここに入るのに必要とか。でもアモは持っていない。アモの仕事は特殊っぽいから例外なのだろうか。
アモは迷わず正面の大きな階段を上った。
廊下を曲がると、人気が無くなった。ついでにすごく暗い。建物の中は明るくて当然という世界で暮らしていたからこの暗さには吃驚する。これでは竪穴住居と良い勝負だ。
思わずアモの服を掴んでしまった。足元も見えないから、危なくてしょうがない。
アモはたいして不自由を感じていないようで、そのまま進んで突き当たりのドアを開けた。
「こんにちはー」
やはりノックの習慣は無いらしい。
部屋の中は明るかった。壁にいくつか窓があって開け放たれていたからだ。
さほど大きくはない部屋だ。机や棚がごたごたと並べられているので、尚更狭く感じる。
「やあ、いらっしゃい」
アモの声に応えて机の向こうに居た人が立ち上がった。
男だ。
なんとなくアモという職業の人はみんな女だと思い込んでいたのでちょっと意外だった。
若い。水色の髪に眼鏡。イケメンと言う程ではないけれど、さっぱり系の顔立ちで中肉中背。
初めて見たけれど、眼鏡はこの世界にも普通にあるらしい。
一見スーツにも見えるちょっと丈長目の上衣に、胸元にはネクタイの代わりにアモと同じようなリボンを結んでいる。
「これはまた……峨山の仙女さまとは、珍しいお客様ですね。コノンノへようこそ」
そう言って優雅に一礼する。
今までとは違った『異世界に来た感』が押し寄せる。
アニメみたいな髪色のメガネくんが、映画でしか見たことないようなお辞儀を披露するシーンはインパクトがありすぎだ。
「こちらサヤさんですー」
反応できなくてぼうっと突っ立っている私に代わってアモが紹介してくれた。
「あ、サヤと申します。よろしくお願いします」
我に返って私も頭を下げる。
「仙女さまが私どもにどんな御用でしょう」
「今日はーこれを納品に来ましたー」
メガネくんの丁寧な質問をアモののんびりした声がぶった切った。
手提げから出したイワタケをどんと机に載せる。
「なんと。立派なイワタケですねえ! さすが仙女さまの御利益はすごい」
また御利益って言われた。
私は別になんにもしていないんだが。
仙女というのはラッキーアイテムとかそういう扱いなんだろうか。
「あとー、湾市へ行きたいのでそっち方面の仕事があれば……」
「湾市……央国ですか。それはまたずいぶんと遠方ですね」
ユーラシア大陸横断くらいの距離があるようだから、驚かれるのも当然だろう。LCCで十数時間というわけにはいかないのだ。
……フラッグキャリアのファーストクラスが思い浮かばない辺りが我ながら貧乏性だな。
それはともかく。
「王国? ワンシはどこの王国にあるの? 皇国って言うところとはまた別ですか」
地名も国名もさっぱり分からない。
「ああ……仙女さまは俗世の地理にはお詳しくないようですね」
そう言いながらメガネくんは棚の奥から丸められた大きな紙を引き出してきた。
「わあ……綺麗」
机の上に拡げられたのは、色鮮やかな地図だった。
地図と言うよりは絵画と言った方が相応しい。精密な筆致で描かれた海や山、街、さまざまな動植物なども描き込まれていて、何時間でも眺めていられそうだ。
印刷物ではないようだから、かなり高価なものじゃないだろうか。
「ここがコノンノです」
メガネくんが一点を指し示す。
海に突き出した岬の突端に、細かく街が描かれている。
「こちらが峨山」
紙の左端上方に聳え立つ山は断崖絶壁で、一番手前に人工物っぽい塔がある。
これが仙女のダンジョンか。地図に描かれるほど有名なものだったとは。
さすがに途中立ち寄った村や町は描かれていない。世界地図だもんね。
大河ゼルーはコノンノからたどれる。支流のミナナはこれかな。
峨山からはかなりの距離があるように見える。
縮尺が正確だとは限らないけれど、それにしてもこの距離をあの日数で踏破したとは思えない。
やはりダンジョンの中は異空間で入り口と出口は離れた場所にあったのだろう。
だがそのダンジョンは描き込まれてはいない。
地図を眺めていて、疑問が浮かぶ。
最初はあまりの美しさに目を奪われて気づかなかった。けれどこれが絵画でなく地図だとするなら、不可解な点がある。
「河や街の名前は書いてないのですか?」
「名前……? ここがコノンノで、こちらが大河ゼルー。先ほどの湾市という都市はずっと東、ここになります。央国は旧い呼び名で今は皇国と言っているようです」
滔々と説明されてしまった。
確かにワンシは遠い。世界地図ほぼ横断だ。ただし海や東の砂漠は略されている可能性が高い。
そうじゃなくて―――
私が聞きたかったのは、地図には地名を記載しないのか、ということだ。
ここは交通と交易の要衝である都市で、メガネくんはそこに置かれたアモの拠点の責任者だと思われる。
読み書きのできない層だとは考えられない。
「美術的なものだから文字が書いてないんですかね」
メガネくんとアモが揃って首をかしげた。
「何が描いていないと?」




