26 大河ゼルーより
大河舐めてました。
北方で分かれた支流のミナナが再びゼルーに合流するのは、海も間近の湿地帯だ。
見渡す限りの芦原。
縄文時代の関東平野もかくや―――というような河だか湖だか湿地だか境界線の曖昧な水浸しの土地がひたすら拡がっている。
いつミナナからゼルーに出たのかも定かではない。
河幅なんて単語が意味を失う規模だった。
これでは海に出ても分からないかも。
なんて思っていたけれど、三日目の朝になると陸地が見えてきた。
陸地というか岸辺なのだろうけれど、遙か彼方に半島のように浮かんで見える。
昼過ぎには、その半島の先に街があることも見て取れるようになった。
急斜面にへばりつくように作られた家々。頂上部分には城といっても良さそうな、塔のある大きな建物が見える。
ここの建物も白っぽい石造りで川辺の街と似ていたけれど規模が違う。
南欧の港町のイメージだろうか。ナポリとかマルセイユとか―――写真でしか観たことはないんだけど。
とにかくこの世界に来て初めての都市だ。
「大きな街だねーっ」
「大河ゼルーと海に面した街、コノンノです。両方から船が着きますから、栄えてますー」
「美味しいものいっぱいありそうーーっ」
わくわくだ。
港は大賑わいだった。
ゼルー側から着くのはそれ程大型ではない船だったけれど、その先の海側に近いところにはかなり大型の船もたくさん停泊していた。
みな帆船で、燃料で動くようなものは見当たらない。
空飛ぶ乗り物があるくらいだから船ももっと現代的なものがあるのではと思ったけれど、そういうわけでもないようだ。
船を下りると、人でごった返した港には懐かしい匂いが漂っていた。
「アモーっ、鯖だ、焼き鯖の匂いがするっ」
アモの手首をがっしと握って、伸び上がって辺りを見回す。人が多いし、はぐれたら面倒だ。
鯖焼いてるなら煙が上がっているはず。
見つけた!
アモの手を引いたまま、焼き鯖に突進する。
人の多さなんてへでもない。朝の新宿駅に比べたら、過疎ってるくらいのモノだ。東京暮らしはダテじゃない。
ジュウジュウと音をたてて網の上で焼かれる鯖。きちんと三枚に下ろされて、そのままでも食べられそうだ。
塩を振って、薄く焼かれたピタパンみたいなパンにハーブっぽい野菜と一緒に挟む。豪快に塩を振ってるのは、ここがもう海の街だからだろう。
たぶん海から塩が取れるのだ。つまり海水は塩辛い。そこは元の世界と同じらしい。
「あれ、あれを食べよう!」
「は、はあ」
私の勢いに押されて、アモはたじたじと後退った。
買い物の仕方がよく分からなかったので、アモのやり方をじっと見る。
ごくごく普通に鯖サンドを指さして、値段を聞いて、お金を払っていた。
よしっ。
特に面倒なしきたりとかは無さそうだ。これなら私一人でも買い物できる。
アモから大きめの木の葉に包まれた鯖サンドを受け取って、かぶりつく。
そこら辺でも食べている人がいるから立ち食いオッケーだ。
脂ののった厚い鯖フィレと癖のない薄めのパン。
食べたことのないハーブの香りが鯖の脂と良く合う。ちょっとパクチーに似てるか。柑橘っぽい気もする。
ああ、レモンがあったら最高なのに。惜しい。
鯖サンドといえばイスタンブール。一度行ってみたかったし、鯖サンドも食べてみたかった。
そんな想いが異世界で叶えられるとは。
景色はイスタンブールとはだいぶ違うし、たぶんこの魚も鯖ではないのだろうけれど。
なんだか前の世界のことが思い出されて、感傷的な気分になる。この港の賑わいと行き交う人々の熱気がそうさせるのか。
思い返してみれば今まで通った場所は、寒村と寒村とごく小さな町程度だった。
この街の規模は、それらを遙かに凌駕している。
港から続く坂には多くの家が建ち並び、頂上には船から見えた尖塔を持つ城が聳えている。
家々の壁は白く、中には色鮮やかな瓦を葺いたものも見える。竪穴住居の村とは、時代が違うんじゃないかというくらい生活レベルに差がありそうだ。
この鯖サンドだって、パンの質が違う。
今まで食べていた固くて酸味のある黒パンは不味いわけじゃないけれど、それしか無いというのはやはり貧しい感じがする。
空を飛ぶ乗り物があるというくらいだから、この世界にはもっといろんな場所があるのだろう。
それを見て歩くのは楽しそうだ。
食べ歩きも期待できる。
「じゃ、いきましょーか」
鯖サンドを食べ終えて、アモの後について坂道を登る。
いやこれきついでしょ。
仙女さまボディは私のオリジナルボディに比べたらたぶん体重は半分もない。運動性能もこちらの方が良さそうだ。
それでもこの坂道はきつい。
所々階段になったりする急坂だ。その石段もやたら段差が大きい。
「こんな……坂道じゃ、荷物、とか、上げられないんじゃない」
立ち止まり息を整えながらぼやく。
「馬車が通る道はずーっと遠回りになりますよー」
なるほど、馬車道は別にあるのか。確かにそうでなければ船の荷を運べないだろう。
「海側の港からはー、広い道があって乗合馬車もあります」
「詳しいね、アモ。ここは来たことあるの」
「はいー。だいぶ前に一度だけですけどー」
「もしかしてここにもアモの寄り合い所がある?」
「そですねー」
アモの属している謎の組織は、思ったより大規模なものらしい。組織も謎なら、仕事も謎だけど。
この世界にはあんなオカルト案件がざらに存在するのだろうか。
ぜーはーしながらようやく坂を登り切る。
頂上部分は平らで、かなりの広さがあるようだ。ごちゃごちゃと建物が並び、その向こうに城壁が聳えている。きっちり組まれた石垣の上に白亜の城。
「お城だー」
「コノンノの領主館ですー」
「領主? 王様が住んでるのかな」
「王様は居ませんよー。領主館には税関とか取引所とかがあります」
役所的なものだろうか。
「領主は?」
「仕事はしてますねー。住んでるのは別の場所です」
王様というより市長とかそんな感じなのだろうか。
「アモの寄り合い所もあの中にありますからー」
「えっっ」
「いきましょー」
「城の中にあるの!?」
「そですよー」
吃驚だ。
人目を忍ぶ謎の組織だとばかり思ってた。
堂々と市役所内に拠点を置くような事業だったのか。
もしかして公的な機関なのだろうか。警察みたいな。
異世界謎すぎる。
ごちゃついた家の間の道を抜けると、大通りに出た。道幅はかなり広いのだけれど、両側には結構な数の馬車が駐められていて、実質一車線道路というところだ。
当然人も歩きにくい。馬車の荷を積み下ろしている人や大声で指示出ししている人などが道を塞いでいるので、中央を歩くしかないのだ。
しかも馬車が来るたびに避けなければならない。馬車だけでなくロバのような小型の動物が引く荷車もある。
違法駐車が多くて歩道の無い道を歩くようなものだ。
あちこちで怒鳴り合う声は響いているし馬車が石畳を通る音もやかましい。
けれどそんな喧噪も、なんだか懐かしい。
そこら中に馬糞が落ちているのは慣れないけれど。




