25 河を下る2
結論から言うと、串焼きの屋台は無かった。市も立っていなかった。
その代わり―――
この世界に来て初めて、『料理屋』で食事をしているのである。
涙が出るほど美味しい。
テーブルに並んだのは、夢にまで見た串焼き肉、魚と野菜のスープ。黴臭くない黒パンである。
スパイスの利いた肉は、なんの肉か知らないけれどいかにも肉です、という味だった。歯ごたえはしっかり系。塩味が薄めなのは塩が高価だからなのか。今までの食事も総じて薄めだった。それをスパイスでカバーする感じだ。
魚は河で獲れるのだろう。いくつかメニューがあった。肉は串焼き一択だったが。
スープも味は薄かったけれど、魚は身が厚くて美味しかった。野菜も雑草ではなくちゃんとした野菜だった。
何か果物の果汁らしき飲み物も酸味が利いていて美味しい。
とにかくここ一ヶ月ほどの、断食修行か即身成仏かというような粗食の後では何を食べても美味しい。
人生の幸せの半分くらいは『美味しい』で出来ているのだとしみじみ思う。
そしてこの世界にもちゃんと、料理という文化があると分かって安心する。
お金があって、それなりの街へ行きさえすれば美味しいものも食べられるのだ。
あての無い旅に、一筋の光明を見つけた気分だった。
その夜はちょっと良い宿に泊まった。
ベッドは藁の上に乾燥した苔みたいなものが乗っていて、ふかふかしている。掛けられたシーツも清潔だ。
お金があるって素晴らしい。文明バンザイ。
贅沢は素敵だ。
布団に潜ったら、一瞬で眠っていた。
翌朝はゆっくり寝坊して、宿の食堂で朝食をとった。
春の陽が当たるテラス席からは、広々した川面がきらきらするのが見える。
黴臭くない(ここ大事)パンと、大きめのソーセージ(何の肉かは知らない)を薄切りにしたもの、炒めた野菜。濃いめの麦茶っぽいもの。ヨーグルトにはなんと薄甘いジャムも付いていた。
甘いものも存在した!
いつかケーキとかクッキーにも出会えるのだろうか。旅の楽しみが一気に加速した。
そんな天国みたいな生活も三日目になってそろそろ飽きてきたかなと思う頃―――天国極楽は絶対飽きが来るよね。ゼイタクと言われても刺激の無い生活はそう長く続けられないものだ―――今現在船旅の最中である。
昨日船着き場に来た船は、小さめの遊覧船くらいのサイズだった。
荷物が山と積まれ、一部分だけに屋根があってそこには人を乗せるようになっている。
荷物を下ろして荷物を積み、数人の乗客が降りて私たち二人だけが乗った。
この街に来た時は立っていた帆柱は外されて舷側に吊され、帆は畳まれている。河を下るには必要ないからだろう。
乗船の手配は全てアモがやった。
二人分の船賃として銀貨一枚払っていたので、そこそこの距離乗るようだ。旅の食料もしっかり買い込んでいた。船で寝泊まりするのだろうか。
二人で船の縁に座っている。風は穏やかで陽は温かく、絶好の船旅日和だ。
「どこまで乗っていくの?」
はるか川下を見やりながら訊ねてみる。訊いてはみたものの地名を言われてもわからないのだけれど。
「この河は大河ゼルーの支流ミナナですー。一日下るとゼルーに合流します。そこから三日くらいで海に出るはずですー」
おお、海!
北西の果てにある山から、海まで来たわけだ。意外と距離が無い気がする。
ただ、途中でダンジョンを経由しているので、そこの距離感が怪しい。もしかしたら、入り口と出口が遠く離れている可能性もある。なにしろダンジョンの中は異空間だったし、出口は転移魔方陣だった。
「ねえアモ、この世界って、東西より南北の方が狭いのかな」
「そですねー、南には海がありますからー、陸地だけだと東西の方が広いですね」
「海をずっと南に行くとどうなってるの」
「行って戻った人がいませんからー、分かりませんねえ」
なるほど。
「北西の果ては峨山で越えられない、東に行くと砂漠があって、ワンシって街がある」
「はいー」
「その向こうはずっと砂漠? 世界の果てまで」
「砂漠の向こうに廃都と呼ばれる街があるって噂はありますねー」
「ハイト……」
「砂漠を往く砂船でも辿り着けないくらい遠いみたいです。湾市の持つ飛空艇でなければ、行き着けないとかー」
「は、ヒクウテイ? 飛空艇だよね、空飛ぶ乗り物があるの!?」
吃驚して思いっきり乗り出してしまった。アモが仰け反る。
「あ、ありますけどー、あるのは湾市だけですよー」
ワンシ―――
どう考えてもそこがこの世界の文明の中心だ。
「ワンシに行きたい」
アモを見つめたまま、本音が口から出てた。
「は、はあ……」
「行ける?」
「行けなくはないですー」
「何か都合の悪いことでもある?」
「いえー、ただ」
「なに」
「とおいーです」
そこか。
マルコ・ポーロかコロンブスか。
前に聞いた話だとユーラシア大陸を横断するくらいの距離があるはずだ。
それは確かに遠い。気楽に『行こう』なんて言える距離ではない。
基本『徒歩で移動』の世界なのだ。
それに―――
「アモは仕事があるんだっけ。勝手にあちこち移動できないよね」
「いえー、それはだいじょぶです」
「そうなの? 無理してない?」
「アモの仕事は、どこでもありますしー。仙女さまのオトモなら摂理に従うことですからー、アモの職分から外れません」
「それなら……行ってみたいんだけど」
「そですねー、それもたぶん摂理の導きですねー」
そういうものなのだろうか。この世界の宗教観というか運命論的なものなのか、よく分からないけれどとりあえず協力はしてもらえるらしい。
「ありがとう、アモ。迷惑掛けるけど、よろしくね」
「いえいえー、そもそも峨山でサヤさんと出会ったことが摂理の導きですから」
摂理とやらに感謝だ。
船の上で買い込んできた携帯食を食べる。
固いパンと固いチーズ、キュウリに似た野菜。味噌を付けたら美味しそうだけど、あいにく味付けはなしだ。
飲み物は水。水以外に日保ちのする飲料は酒くらいしかなく、酒はそこそこいい値段だしたいして美味くもない。というわけで水の一択だ。
街を出たら粗食の旅復活だった。
それでも、また街に着けばまともな食事にありつけると分かっていればそれ程不満はない。
心配なのは懐具合か。
イワタケの臨時収入は素晴らしかったが、その後は金の入ってくるアテも無い。
アモの仕事はほとんどお金にならないっぽいし、私の異世界知識チートはモノになりそうもない。そもそも旅暮らしでは無理ゲーだ。
レベル上げも無いし。
なるようにしかならないだろう。
明日は明日の風が吹く―――なんて暢気なことが言えるのも今が穏やかだからだ。
そうして何事も無く船旅の日々が過ぎていった。




