24 河を下る1
「河沿いに下りましょう。船着き場があれば街があるかもですー」
「おお、街! 焼き肉!」
「サヤさんは焼き肉好きですねえ」
焼き肉嫌いな人なんていないでしょ。子供も大人もベスト・オブ外食は寿司か焼き肉でしょ。ごく稀には肉ダメな人もいるけど。
寿司……寿司を思い出したら、米が食べたい……。米、米は無いのかなあ、この世界。
味噌汁、漬け物、お茶漬け……
思い出せばきりがない。なんて贅沢な暮らしだったんだろう。食欲を制限するものは主にカロリー問題だけだった。
それ程お金を掛けなくても十分美味しいものがいくらでも手に入ったあの世界。コンビニスィーツのクオリティときたら、まるで魔法だよね。
頭の中に妄想ビュッフェを展開しながら歩く。
春の風は暖かく、大河を臨む景色は雄大かつ長閑だ。河は濁った薄緑色だけど、流れは見えないほどゆっくりで鳥が行き交う以外に動くものはない。
道はあまり使われていないらしく、丈の高い雑草が押し寄せてきている。
おそらくここも、あのダンジョンが生きていた頃はそれなりに人が行き来したのだろう。
「冒険者って、儲かるのかな」
「なんですかーいきなり」
「この道って、あのダンジョンに通じてたからできたんだよね」
「ああー、そういうことですか。そうですねー腕の良い冒険者なら、儲かるかもですねえ」
「宝箱が出るもんねえ。宝箱って何が入ってるの」
「聞いた話ですけどー、お金とか金塊とか出るみたいですね」
まさに宝箱。前の世界でやっていたゲームと同じか。
ああ、私と同じ転生者がダンジョンを運営―――運営でいいのか?―――していたなら、ゲームと同じでなんの不思議も無い。そういうことか。
「でもー、宝箱より魔物から獲れる魔珠の方が目的だと思いますよ。魔珠は需要がありますからー」
そういやそうだった。
「ダンジョンではモンスターが無限にポップするから効率良いよね。レベル上がるとかは無いんだっけ」
RPGというよりはアクションゲーに近いのかも。
でもレベル上げがなかったら、私では永久に冒険者にはなれない。最低レベルのモンスターもたぶん倒せない。
「仙女さまの言うことは時々難しいですねー」
なんか呆れられた気がする。
そして歩くこと半日。
夕方にはまだ少し早い時刻に、今度こそ街に到着した。
街は河に面していて、低い城壁が周りを囲んでいる。河にはおそらく船着き場があるのだろうけれど、こちら側からは見えない。
ぐるっと城壁を回り込んで、来た道の行き着く先に城門があった。
この前見た街の城門よりは幾分立派だ。
衛士っぽい格好をした人が門を守っている。おそらく専業の門番だろう。
今の時間あまり行き来する人はいないのか、暇そうだ。もしかしたら賑わうのは船が着く時だけなのかもしれない。
この門番も、アモの持つ札を見ると誰何すること無く通してくれた。
アモなにげにすごいな。
どこでもフリーパスなのか。
私から見たらゴーストバスターズか陰陽師かみたいな怪しげな仕事だけど、この世界ではきちんと認知されているものらしい。
まあ陰陽師だって平安時代には堅実な職業だったわけだが。公務員にもなれたしね。
ダンジョンがあって魔物がいて冒険者が職業の一つで、その他に謎の悪霊封じっぽいアモの仕事がある。
この世界はまだまだ謎に満ちていそうだ。
街はちょっとした丘の上に造られているようで、門を入ると坂道だった。馬車や荷車が通るのか、そこそこ広めで緩くカーブしている。
道なりにしばらく進むと広場に出た。
どの村にもあった祠の大型版が、広場の真ん中にある。石造りで多少なりとも装飾が施されているようだ。それでも地味なことは変わりない。
神様という概念が無い世界で、あの祠はいったいどんな役割をしているのだろう。アモに訊いてみようかと思った私の思考は、しかし強烈な刺激によって遮られた。
そう!
肉の焼ける匂いだ!
ジューシーにしてスパイシーなあの香り!
「アモっ、串焼きの匂いがするっ」
きょろきょろと伸び上がって辺りを見回し、匂いの元を辿ろうと必死になる私の袖を引っ張ってアモは言った。
「お、落ちついてくださいー、サヤさん」
「落ちついている場合じゃない、串焼きゲットせねばっ」
「先にイワタケ換金しないとですー」
「え」
「串焼き買えるだけの手持ちがありません」
「う……」
なんという落とし穴。
「じゃあ行こう、すぐ行こう、どこで換金してくれるの」
「船が着く街ですからー、商品を取引している店はあると思いますー」
どうどう、という感じで宥められる。
でも早くしないと売り切れちゃうかもしれないし、店が閉まっちゃうかもしれない。今までさんざん期待を裏切られてきたから、このチャンスを逃したくない。
まだどこで売っているのかも突き止めてないし!
アモの先に立って早足で歩きながら串焼き屋台を探すが、見つからない。そもそも屋台っぽいものも市場っぽいものも見当たらない。
焦る。
広場から緩い坂になった道を進むと、正面に河が見えてきた。
たぶんこの先に船着き場があるのだろう。
「サヤさん、こっちですー」
アモに呼ばれて振り返ると、道沿いにある一つの建物を指さしている。
この街の建物は、今まで見た藁葺きの住居ともハーフティンバーみたいな木組みの家とも違って、ギリシャの島を思わせるような石造りだ。
アモの指し示した建物には、よく分からない意匠の描かれた看板が掛けられ、戸口は開け放たれていたが中は真っ暗に見えた。
「ここが店? イワタケ換金してくれそう?」
なんか怪しい感じだ。中を覗くと嗅ぎ慣れない臭いがした。
「薬草とか魔珠を扱っている店ですー」
なるほど。
あのダンジョンが活動していた頃は、ここももっと賑わっていたのだろう。
アモに続いて入り口をくぐる。
中に入ると真っ暗というわけではなく薄暗い程度だった。
正体不明のものがごたごたと積み上げられている。
一般の人が買い物するというよりは、卸問屋のような場所なのだろうか。
「何かお捜しで」
奥から店の人らしき人物が出てきた。
イワタケ買い取りの交渉はアモに任せて、私は店の中を見て回る。廻るという程広くはないが。
何かの皮らしきもの、ただの木の枝にしか見えないもの。干し魚? と思ったら顔が人っぽかったもの。気味が悪い。
なかなかにファンタジーだ。
「サヤさん、イワタケ出してください」
「はーい」
言われるままに手提げに入れていたイワタケを出し、アモが料金を受け取って店を出てから気づいた。
アモはまだ半分のイワタケを持ったままだ。
「半分だけ売ったの?」
「こっちはー、アモの寄り合い所に届けますー」
「えっ」
それ、上納するものなの。
「半分はー、サヤさんのものですから換金しました。串焼き食べましょう」
アモの取り分は全部納めないといけないのか。
アモの組織、シビアだな。
ちょっとしょっぱい顔になってしまう私だった。




