21 世界の一つの真実と
ややホラー的な描写があります。
苦手な方はご注意願います。
狭い部屋だった。
2DKのアパートの一室。六畳間。
家具らしいものはテレビとソファくらいで、部屋の真ん中は魔方陣に占領されている。
窓は無く、ドアが二つあるきりだ。おそらく一方は寝室、もう片方はトイレとか玄関だろうか。
とはいえ、窓も無く魔方陣がある時点でここが普通のアパートの部屋でないことは明らかだった。
しかもテレビに映し出されているのは、どんな番組でもなくダンジョン内部の映像だった。
一瞬、元の世界に戻ったのかと淡い希望を抱かなかったと言ったら嘘になる。ほんの一瞬だ。
それ程にその部屋は私にとってなじみ深い光景でありながら、異質な空気に満ちていた。
「変わった部屋……ですねー」
アモはきょろきょろと部屋を見回して首をかしげた。
「ちょっと湾市にある家みたいですけどー」
「ワンシ?」
「東の砂漠にある街ですー。今は皇都と言ってましたか」
「こういう家がある?」
「そですねー。この辺りとはいろいろ違います」
そうなのか。こんな現代的な場所も存在するのか。
この世界を『中世ヨーロッパ風ファンタジー』で括るのは間違っていたのかもしれない。
考えてみれば、ヨーロッパが中世後期だった頃日本は室町時代だったわけで建築も文化も全く違う。
世界の広さが同じくらいだとすれば、多彩な文化があって当然だ。もしかしたら文明レベルにも差があるのだろうか。
それについてはこのダンジョンを無事脱出したらもう少し詳しくアモに訊いてみよう。
そう思いながら私は部屋の中を調べる。
と言ってもこの部屋は何も無いから、ドアを開けてみる。
一つ目のドアはユニットバスだった。
もう一つを開ける。
こっちは部屋だ。暗い。
反射的に手が壁を探っていた。一歩踏み込んで探り当てたスイッチを押す。習慣ってすごい。
「うわ……」
思わず声がもれた。明るくなった部屋の中はゴミ屋敷だった。
一部屋なんだから屋敷じゃなく汚部屋ってやつか。
足の踏み場も無く物が散乱している。しかも積み重なっているモノの正体がよく分からない。
ペットボトルだとかカップ麺の容器だとかは無い。
異世界なんだから当然か。布っぽいもの、木っぽいもの陶磁器っぽいもの……材質しかわからないゴミの山だ。富士山の稜線のように壁に向かって積み上がっている。
生ゴミが混じっているのか異臭もする。
ゴミの向こうにベッドらしきものがあった。そこにはこんもりとした布団。
布団だよ。
誰か寝ているのか。
ようやくそれに気づいてぎょっとする。
知らないうちに他人の家に踏み込んでしまったいたたまれなさと、得体の知れないその住人への恐怖。
焦って後退る。
その拍子に、壁に立てかけられていた何かにぶつかった。
それが倒れ、周囲にあったゴミをなぎ倒し、ドミノのようにそこら中のゴミが雪崩れ落ちた。
危うくゴミの洪水を避けて部屋の外まで出た私を追いかけるようにゴミがあふれ出てくる。
そのゴミの向こうでベッドの上の布団が動いた。
「ご、ごめんなさいっ」
寝ていた人を起こしてしまったと思った。
勝手に他人の部屋に入り込んだあげく、汚部屋を暴いてしまったのだ。
謝る以外の言葉があるはずもない。
けれど―――
それを見た私は悲鳴をあげて飛び退り、ドアを閉めようとしたが溢れたゴミで叶わず、ただそのまま六畳間の端まで逃げて顔を背けた。
布団の下から現れたのは、人ではなかった。
厳密に言えば人ではあった。
ただ、死体だっただけだ。
一目見ただけで生きてはいないとわかる、ほぼミイラ化した死体。
目は腐り落ちて空洞と化し、がっくりと開いた口は歯だけがむき出しになり、汚らしい黄土色の皮膚が張り付いた骸骨。
漂っていた異臭が酷くなる。
吐きそうだ。
人の死体なんて、棺桶に入ったものしか見たことがない。
綺麗に整えられ、ドライアイスを載せられて火葬を待つだけの遺体。それが私の知っている人の死だった。
ただ、私はこういう死を知っている。知識としては。
これは孤独死だ。
誰にも看取られず、死後も放置された状態の死。
このアパートは事故物件だ。
―――だからどうすると。
警察も呼べない。
私にできることは何も無い。
だいたいここは異世界でダンジョンの中じゃなかったか。
リアル世界に近しい部屋のせいで、混乱しているんだ。
「アモ……出よう」
死体のある部屋の方を極力見ないようにしながら、アモの手を掴んで魔方陣に触れる。
右側の模様を選んで。
夕暮れの空が拡がっている。
朝なのかもしれないけれど、それはどちらでもいい。
重要なのはここが『外』だってことだ。
魔方陣を起動した時に見えた文字は『出口』だった。
だからここはダンジョンの外だ。
目の前には草地と空があり、背後には倒壊しかけた石造りの神殿のようなものがあった。
おそらくはダンジョンの出入り口だったのだろう。その出入り口は崩れた石で塞がっていた。
色々な感情がどっと押し寄せ、私は胸を押さえて踞った。
私はこの世界を『中世ファンタジー風味のいわゆる異世界』と捉えていた。
ダンジョンに入ってからは『ご都合主義のラノベ』とも思った。
突然失うことになったリアル世界の生活に、未練を感じたこともあまりなかった。
否―――
私はどこかでまだ信じていなかったのだ。
これが現実であることを。
あの部屋にあった死体は、ダンジョンマスターだろう。
おそらくは私と同じか極めて近い世界からやって来た人物である彼だか彼女だかは、あのダンジョンを造り管理していた。
私が『盟約の仙女』とかいう役割を振られたように『ダンジョンマスター』に転生したのだろうか。
アパートの一室に似せた部屋に住み、この世界の素材で異世界の品に似たガラクタを作り積み上げながら。
どのくらいの年月を?
たった一人でずっと?
それは分からないけれど、亡くなった時一人きりだったのは確かだ。
その死は誰にも知られることなく、ダンジョンも朽ち果てていく。
崩落した背後の入り口がそう語っている。
モンスターに遭遇しなかったのも、宝箱が無かったのもそういうことなのだ。
一人の転生者の末路―――
あの死体のリアルさが、私に現実を突きつけた。
私もまた、ここで生きここで死ぬしかないのだと。
「サヤさん、ご飯にしましょうー」
のんびりしたアモの声が私を呼んだ時には空はすっかり暗くなっており、辺りには木の燃える匂いと香ばしい食べ物の香りが漂っていた。
抱えた膝から頭を上げ、私はごしごしと袖で顔を擦った。
「うん、ありがと」
アモの心遣いが嬉しかった。
マイペースなその声と控えめな笑顔が、なによりも暖かかった。
少なくとも私は孤独死したあのダンジョンマスターよりはきっと幸せだ。
この先どんな展開になってもそれは忘れずにいようと、そう心に誓った。




