20 ダンジョンにはマスターがいるらしい
「ここって外なの? それともずっとダンジョンの中?」
いろいろ疑問が押し寄せて来て、ちょっと整理しないと先へ進めない気がする。
「ダンジョンの中……でしょうねー」
アモも確信はないのか、歯切れが悪い。
「あんな生きもの見たことないですし、ダンジョンにはすごく広い階層を持つものもあるって言いますしー」
「アモはダンジョンにはよく行くの」
「まさか」
ソッコー否定された。
「ダンジョンに入るのは冒険者とかの人ですー。アモの仕事じゃありません」
とかの人ってなんだ、とは思うけど冒険者はありなんだな、この世界。
人外美形剣士達と別れて以来、地味すぎる世界観だと思ってたけど、実はゲームやラノベに近かったのかもしれない。
「ダンジョンってもっとモンスターが出るものなんじゃないのかな。モンスターを倒してレベル上げたり宝箱を見つけたりする所だよね」
「れべるが何か分かりませんけどー、宝箱はあるらしいです」
「一つも見なかったよね……」
「そですねー」
あんなに歩き回ったのに。
なんか損したような気分になる。モンスターにやられなかったことの方が幸運なのだとはわかっているけど。
もしかしてモンスターに遭遇しなかったのと宝箱無いのはセットなのだろうか。それなら納得がいく。
モンスターが出ないことに感謝しておいた方が良さそうだ。
しかし先刻爆音を発して飛んでいったのは、どう見ても飛行機じゃなくてモンスターだった。あれが戻って来て襲わないという保証は無い。
ここに長居するのも危険そうだ。
もう一度、足元の魔方陣―――取りあえず魔方陣ということにしておく―――に触れてみる。
今度は落ちついてゆっくりと。
さっき気づいたことを確かめながら。
魔方陣が光を発すると、くらりと視界が揺れて背景が変化する。
私たちはごつごつした岩山の中腹にいた。少し離れた場所に火と煙を噴き上げている火山が幾つも連なっている。
さっきのジュラ紀は昼だったのに、ここは夜なのか空は暗く、雲に反射する赤黒い光がおどろおどろしい。
しかも雲の中には火山雷が閃いている。
硫黄の臭いと熱気は吹き寄せて来るけれど、今すぐ命の危険を感じるほどではない。
ダンジョンなのだから、攻略できるだけの安全性は担保されているということだろうか。
砂漠、洞窟、ジュラ紀、火山と来て、確かにここはダンジョンの階層なのだろうと確信する。
私は、こんな階層のあるダンジョンが出てくるゲームはやったことがない。
私がやったのはドット絵の頃のダンジョンだから参考にはならないかもだが。
これはどちらかというとラノベで読んだものに出てきた記憶だ。
今まで地味にリアルな印象だった世界が、突然嘘くさいラノベに変化した。
そもそもダンジョンが出てきた段階でそうだったんだ。
なんだかがっかりしたというか失望したというか、そんな気分が湧き上がってくる。
いかにもラノベっぽい世界観なのに、チート能力も無くレベル上げも無くひたすら逃げたり歩いたりするだけって、残念にも程がある。
「……はあぁ」
「どうしましたかー」
思わずこぼれた溜め息に、のんびりした声が返った。
「なんか疲れたなーと思って」
やる気失せたと言いたかったけど、さすがに意味不明すぎるだろう。アモにとっては、ラノベでもゲームでもない現実世界なのだから。
「そですねー。お腹も空きましたし」
ああ、そうだね。
お腹減るとモチベも落ちるよね。
世界観のことはおいといて、とにかくここを出ることだけ考えよう。
アモには魔方陣は見えないようなので確かめようもないけれど、私はこれを起動した時に光る模様がなんなのか、気づいていた。
半径2メートルくらいの円周は、30センチくらいの幅の線で囲われていて、そこに四つの形が上下左右に描かれている。
なにしろ光るのは一瞬なので、形を正確に捉えるのは難しい。何かあるなー程度の認識だ。
その模様の一つに手を触れる形で私はこの魔方陣を起動しているようだ。
しかしここでなにより問題なのは、起動した瞬間その円の中に浮かび上がる形だ。
それはかなり変形してはいたけれど、どう見ても『下』という文字だったのだ。
漢字で1文字『下』
漢字だよ。
突然漢字が出てきたことも、ラノベっぽい嘘くささを増幅させた。
私は今までこの世界の文字を一度も見ていない。
だからどんな文字を使っているのかは分からない。もしかしたら、漢字を使っているのかもしれない。そういう小説あったな。
文字も勝手に翻訳されている可能性だってある。
そうは思うけれど、全体に『なんとなく中世ヨーロッパ風ファンタジー』で構成されていた世界に突然漢字が割り込んできた違和感が不快だ。
ご都合主義なんじゃないの。
そう心で呟きながら、今度はさっきと円の対極上にある場所に触れてみる。
私の予想通りなら―――
一瞬の光と共に、辺りの風景はジュラ紀に戻っていた。
そして、魔方陣に浮かんだ文字は『上』
エレベーターか。
「え、えっ? 戻った?」
当然予想はしていなかったであろうアモは、吃驚している。
「うん、なんかこれの使い方がちょっとわかった」
「えぇ……」
「こっちを触ると上の階層に、あっちだと下に移動するみたい」
円の反対側を指さして言う。見えてないようだけど。
「うーん、さすが仙女さまですねー」
「さすがってなに……」
ビミョーな感心のされ方だ。
「たぶん、その魔法人? は、ダンジョンマスターが使うものなんでしょう」
「は? ダンジョンマスター? そんなのいるの」
「ダンジョンだからダンジョンマスターはいますねー」
おっとびっくり。
これまたラノベ感溢れる単語が登場だ。そんなもの、私はラノベでしか見たことない。
市販のゲームだったらマスターは製作会社だ。
「このダンジョンは誰かが造ったものだってこと?」
「そですねー。たいていのダンジョンはそうです」
ふむ。そうじゃないものもあるって事だろうか。それはおいといて。
「誰かの造ったダンジョンの仕掛けを何故私が使えるのかな」
「それは、峨山の仙女さまがダンジョンマスターだからでしょう」
おおっと。
そうだったわ。
私が作ったわけじゃなかったけど、私の寝ていた塔はダンジョンだと言われたっけ。
「他人のダンジョンでもマスター権限が行使できるってこと?」
アモの首がんんんん? という擬音で傾げられた。
『マスター権限の行使』が通じなかったか。自分でもちょっとよく分かんないとこに突っ込んじゃったかなという気はする。
「……まあいいや。目的は脱出だもんね」
ダンジョンの改築とか宝箱の配置とかやりたいわけじゃない。
それでも、モンスターにエンカウントしないのがマスター効果だったのなら、大助かりではあった。
とはいえ、上と下の階層移動はわかったものの、出口には繋がらない。
たぶんどこかで行き止まりにはなっているんだろうけれど。
となると試していない右と左の模様が問題だ。
縦の階層の他に並列があるとは考えにくい。
とすれば、これのどちらかが出口である可能性はありそうだ。
「試してみるしかないよね」
私は左の模様に手を触れる。
たぶん、少しばかり気が大きくなっていたのだ。
寄る辺ない異邦人である自分が、仮にも『マスター』と呼ばれる存在に近しいものだと言われたことで。
それがどんなものであるかとか深く考えることもせずに。
立ち上る光と共に視界が一変する。




