19 ダンジョン突入中
真っ直ぐな通路だった。
ただ、結構な急斜面だ。床面もガラスだから、もちろんつるつるだ。足を滑らせたら滑り台よろしく行き止まりまで直滑降してしまいそうだ。
「わっ」
用心して歩いていたつもりだったが、床のわずかな出っ張りに躓いた。真っ平らに見えているくせに変な凹凸が罠みたいに仕掛けられている。
前のめりに倒れて這いつくばってしまったけれど、手を突っ張ってなんとか滑り落ちることは回避できた。
ポシェットに吊していた薬草の束が外れて、斜面の先まで滑っていった。
「だいじょぶですか」
アモの手を借りてゆっくり立ち上がる。
「ありがと」
落としてしまった薬草の束を回収すべく、慎重に斜面を歩く。そこそこ値が付きそうだとアモが言ってた薬草なので、ここで捨てていくのは惜しすぎる。
串焼きの野望への貴重な一歩なのだ。
ゆっくり行き止まりまで進み、落ちている薬草に手を伸ばした時、私の手の先で薬草の束はダンジョンの床に溶けるように沈み始めた。
「えぇ、ちょ、待って」
「だめです」
消えていく薬草を捉まえようとした私の手をアモが止めた。
「触ったら、引き込まれます!」
なにそれ、怖い。
焦って手を引く。
「ダンジョンに取り込まれるってこと?」
「そうですね。ダンジョンには内部を一定の状態に保つ働きがあると言われてます」
「確かにゴミ一つ落ちてないけど……」
「先に進みましょう。止まっていると取り込まれるかもです」
私は慌てて立ち上がる。
出口を目指すあてどない旅が再開された。
もう何時間歩いているのかわからない。
見える景色に変化はなく、自分たちの足音以外の音も無い。
幸い今のところ魔物にも罠にも遭遇していないが、このまま歩き続けることがいつまでできるだろうか。
やっぱりダンジョンなんて入るのは無謀だった。
けど、あのままホースの大群に襲われていたらどうなったかは、想像するに難くない。
どっちにしても詰みだなあ。
せっかく異世界転生したのに、しょぼい結末……
それもまた自分には分相応な気がして落ち込んだ。
なんかこう、『負けるもんか』とか『ここで死ぬわけにはいかないのよ』とかそういう覇気のある感情は残念ながら湧いてこない。
もともと人生終盤にさしかかったオバサンだからなあ。
ただ、ひたすらに足を動かし続けるだけだ。
「あそこ、何かある」
ずっと変化のなかった迷路に、初めて異質なものが現れた。
「なんですかー」
「あの先、ほら」
指さすけど、アモは首をかしげている。
「行ってみよう」
用心しながら、それに近づく。
小部屋のようになった場所の薄青く透明な床に、わずかだけど光る線がある。
「なんだろう、これ」
近くまで行くと、少し光が強くなった。
「なにかあるんですかー」
「これ、見えない?」
「何も見えません」
どうやらアモには見えないらしい。
「……模様?」
光は床に何かの形を描いていた。
「魔方陣とか、そういうのかな。魔方陣って、ある?」
「魔法人?」
だめだ。通じてない。たぶん漢字間違ってる。通じてない感じはわかるようになってきた。
「魔法が起動するような模様のことだよ」
「聞いたことないです」
そうなのか。
でもダンジョンなら、奥には転移の仕掛けがあるのが定番だ。
次の階層へ行くとか、外に出るとか。
これがどちらへ繋がっているのかはわからない。
危険な場所に繋がっている可能性もある。
それでも、賭けてみるしかないだろう。
これ以上ここを歩き続けていても、外への出口はおそらく見つからない。
これが転移の魔方陣なら、そういうことだ。
そして私たちの体力はそろそろ限界だ。
「乗ったら発動するのかな」
一人では怖いからアモの手を握って一緒に引っ張り込んだ。
何も起きない。
「だめかー、うーん……」
しゃがみ込んで模様をよく見てみる。途切れたり掠れたりしているので、全体像はわからない。なんとなく円形のような気はする。半径は2メートルくらいか。
光の強い部分にそっと触れてみた。
途端、ぶわっと全体が輝き、浮かび上がった模様から光が立ち上る。
このダンジョンに入った時感じたのと同じように耳がキンとなる感じがして、視界がくらりとゆがんだ。
その一瞬が過ぎると、目の前には砂浜が拡がっていた。一面の、果てしない彼方まで続く砂浜―――これは砂浜じゃない。砂漠だ。
その証拠に、熱い。
暑い、ではなく熱い。ハンパなく。
照りつける陽射し、ゆらめく陽炎。
「無理……三分で死ねる……戻ろう」
戻れるのか?
そう思いつつも慌てて足元を見ると、砂の上に微かにだけど線が見える。
さっき触ったと同じだろうと思われる辺りにもう一度触れてみた。
光と耳鳴りと同時に視界が歪む。
今度は歪んだ視界が戻らなかった。
いや、そうではなく真っ暗で何も見えない。
ガラスの迷路に戻らなかったことは確かだ。
足元には薄ぼんやりと光がある。魔方陣の線だろう。
そうしてしばらくしたら、辺りが見えてきた。洞窟だ。なぜか真っ暗闇ではない。壁が微かに発光しているらしい。
あまりにも明るい砂漠からいきなり移動したので、目が慣れるのに時間がかかったのだろう。
それにしても。
「洞窟……だね」
「そうですねー」
「進んだら出られると思う?」
「うーーん……」
無理だよね。ここが出口に繋がってるなんて、どれほど楽観的に考えてもありえない。
奥の方から、唸り声のような音も響いてくるし。
「もう一度……」
足元の模様に触れる。
「あ……」
光が立ち上る一瞬、私はあることに気づいた気がした。
きぃぃぃぃーーー
飛行機みたいな爆音が頭上を通り過ぎていく。
しゃがみ込んだまま耳を塞いで上を見上げた。
周りには背の高い木々が生い茂っていて、その隙間から見える上空を巨大な翼竜のようなやつが滑空していった。
ジュラ紀かな。




