18 魔物遭遇
木の棒は、思いの外役に立った。
主に魔物ではない蜘蛛の巣を撤去する事にだ。
林の中は、人間には効力の無いレベルの、つまり普通の蜘蛛の巣トラップがやたら仕掛けられていたからだ。もっとも蜘蛛に言わせれば、私たちこそせっかく張った巣を破壊して廻る迷惑怪獣だったろうが。
蜘蛛には悪いが、蜘蛛の巣が顔にかかるとたいへん鬱陶しい。容赦なく木の棒で払いながら進んだ。
「ねえ、アモ、なんか横の茂みから音がしない?」
「気にしない方がいいです」
いいのか、それで。
「無理。なんか来る」
言いかけるのと茂みから何かが飛び出してくるのとが同時だった。
飛び出してきたものは1メートルくらいの長さの太めのホースだった。
「ヘビーーっ」
かと思ったけど、違う。
「なになにっこれっ!?」
頭も尻尾も無い。ぬめっとした質感。色は黒。まさにホース。
木の棒で牽制しながら避けると、それは不器用に身体をくねらせながら追いかけてきた。
「やだーっ気持ち悪いっ」
「逃げましょう」
それ程速度はないようで、走って逃げたら追いつかれはしない。それでもしつこく追ってくる。
道は山中の一本道だし、ひたすら進むしかない。
以前の身体に比べたら仙女ボディは遙かに軽くて優秀だけれど、アスリートというわけではない。息切れもするし足も痛くなってきた。
そもそもどこまで行けば逃げ切れるのか。
振り返るといつのまにかホースが増えていた。
逃げ切れる見込みは薄くなるばかりだ。
唐突に森が途切れた。
石畳の広場のような場所に出たのだ。そして、その広場の向こうには建造物だか天然物だか分からないものが聳えていた。
広場から振り返ると、ホースどもは入ってこられないのか森の際で蠢いている。結構な数だが、ここに居る限りは安全のようだ。
正面にあるのは、巨大な水晶の結晶を組み合わせたというか、予算無視で造られたガラス建築というか、とにかくキラキラしいものだった。
高さは有明辺りの高層マンションくらいありそうで、横幅もそんな感じだ。奥行きは分からない。色が付いているのか空の色を反射しているのか、全体に青い。濃いところも薄いところもあって、立体感が出ている。
そして中央には明らかに入り口であろうと思われる場所があった。ドアなどは無く、アーケードの入り口に近い。中もガラスや鏡でできているっぽくて構造はよく分からない。
とにかくスケールがでかく、光を反射して綺麗だ。不穏ではあるけれど。
「ここ、何?」
「迷宮ですかねー」
「はあ!?」
ダンジョンですと! そんなRPGなものがある世界だったのか。
吃驚だ。ステータスも出ないのに。
「ダンジョンって、魔物が出たり宝箱があったりトラップがあったりするようなアレ、だよね」
「うーん、まあ、そうですねー。仙女さまの塔もダンジョンだったじゃないですか?」
なんと。確かにそう言われればそうなのかも。今まで忘れてたけど、100階登るとか聞いたような。
それにしても、あの時美形剣士が一刀両断していたものが魔物なら、私たちでは到底太刀打ちできない。
そんなものが出る場所に突っ込んでいくのは自殺行為だ。
そうは思うけれど―――
「で、どうする?」
アモにそう問いかけたのは、広場の周りにホースが集まってきているからだ。一匹二匹ならホースだが、この物量だと真っ黒な泥が波打っているようにしか見えない。
特定のアニメ映画でよく見た光景だ。
退路は完全に断たれている。
「行ってみるしかない……ですかねえ」
わりと気楽な感じで返された。
「え、でもダンジョンなんでしょ? 魔物とか出て来るんだよね」
「この手のダンジョンは、魔物はそれ程出ない……かもです」
それ程ってどれほどよ。一匹でも出たら詰むじゃん。
しかし悩んでいる間はなかった。
背後で何かがなだれ落ちるような音がした。ホースの群れが決壊して広場へ侵入してきたのだ。
「行きますっ」
アモは走り出す。
その背を追って、もう後ろは見ずにダンジョンの入り口に飛び込んだ。
耳がキンとなるような感じがして、今まで聞こえていた音がぱたりと止んだ。
中と外は完全に別空間らしい。
振り返ってみても、入ってきたはずの入り口はどこにもなかった。
ガラスと鏡の迷路だ。床も天井も同じ素材で、平衡感覚が狂ってくらくらした。
無機質で明るいガラス建築なので、思っていたようなダンジョンとはかなり違う。ダンジョンと言ったら普通、洞穴みたいな暗い場所のイメージだ。
そこで私は重大なことに気づいた。
鏡、ここには鏡があるのだ。
鏡の前に進み出て、自分の姿を見る。この世界に来て初めて見た自分だ。
ふわふわの色味の薄い金髪は、直接見ていたから知っている。その他は―――
ある程度予想はしていたものの、これが自分と思うとなかなかに驚きだ。
薄水色の大きな瞳。小作りな顔にバランス良く配置された紅い唇と小さな鼻。有り体に言って美少女だ。
服はザ・村人だけれどすんなりした手脚と細い身体は村人感を排している。アイドルアニメのキャラみたいだ。中身がオバサンで申し訳ない。
「サヤさんー、そろそろ行きましょうー」
自分の姿に見とれていた私は、アモに手を引かれて歩き出した。
いつモンスターが出てくるかわからないと思い、びくびくしながら進んだ。
ダンジョンのモンスターは、その辺の床とか壁とかからポップしてくるものと相場が決まっている。
最弱の武器木の棒すらもホースから逃げる途中で投げ出してしまったから、モンスターに出くわしたら素手で立ち向かうしかない。どっちにしろ戦えるとは思えないが。
しかも、進もうとしたらガラスだったり、複雑に入り組んだ壁があったりで、真っ直ぐ進めない上に見通しが悪い。前に見えている景色が前であるとは限らないのだ。
四苦八苦、手探りしながら進んでいる状態だ。はたして進んでいるのかも定かではない。
それでも、アモの言ったとおり今のところモンスターには遭遇していない。これはダンジョンと言うより迷路だ。遊園地にあるガラスの迷路を最大限にグレードアップしたらこうなるだろう。
そして今現在思いっきり迷っている―――迷うというのは正確ではないかもしれない。目的地も分かっていないのだから、本当のところ迷いようがないのだ。
目的地は出口。それも、入ってきた場所とは異なる出口だ。名称はあるが場所は分からない。本当のところ、存在するのかどうかすら謎だ。
どのくらい歩き続けたのか。
ダンジョンの中はずっと同じ明るさで、昼だか夜だかも分からない。
時間の経過も曖昧だ。
ただ、さすがに疲れて来た。
食事も摂っていないので、お腹も空いた。エネルギー切れかも。
けれどこの中で座って食事する気分にはなれなかった。たぶんアモも同じなのだろう。休もうとも言わずに進み続けている。
なんとなく、本当になんとなくだが、立ち止まったら良くないような気がするのだ。
そしてその予感は、間もなく実証されることになった。




