12 アモの仕事2
微ホラー注意です
「これはおそらく、境界を窺うモノです」
「キョウカイ……?」
村人の疑問。
「境目のことです。この場合は家の中と外の境目ですね」
なるほど。
確かに戸口から覗いていたとか、戸口で足を引っ張られたとか言う話だった。私が見たのも、煙出しから覗いていたのと―――
「あれ? さっきのはチェストの中から覗いてなかった? あれは家の中だよね」
「この場合、家の中とは人が居る場所を指しています。人の立ち入らない所は家の中にあっても外と同じ扱いになるんです」
あ、なんかそれわかる。
いわゆるクローゼットのモンスターとか、押し入れから出てくる手とかだ。
家の中にあって家の中ではない、異界と繋がっている場所。怪談の定番だ。
「それで、そういう事が起き始めたのはいつからですか」
「たぶん……半年程前からです」
半年―――は長いな。
半年もあの不気味なモノが出続けたら、アモに依頼してくるのもわかる。
それにしてもアモの謎の仕事は、お祓いみたいなことなのだろうか。霊媒師にも聖職者にも見えないけど。
「半年ですか。では、それより前にこの村でなにか日頃と変わった出来事はありませんでしたか」
「変わった出来事……ですか」
「なんでも言ってください。亡くなった人がいるとか,珍しいものが見つかったとか、顔見知りでない人が訪ねてきたとか」
「三ノ家の爺様が逝んだのがその頃じゃなかったかね」
一人がおそるおそる口を開いた。
「どこか変わった亡くなり方でしたか」
「いや、もう三年も寝たきりだったから……寿命だったねえ」
「そういえば、南の畑に魔物が入って芋を食い荒らした事があったよ」
「いつも来る行商がひと月遅れて、塩が無くなって困ったね」
「カウシが双子を産んだ」
「ああ、あれは大変だった。カウシの双子なんて初めて見たよ」
「結局一頭しか育たなかったけどね」
『かうし』は人の名前かと思ったけどどうも家畜っぽい。もしかしたらあのカバ牛かも。確かに牛の双子は珍しい。
「大風でハズレ家の屋根が飛んだ」
「五の家の倅が金色のカエルを見つけたと大騒ぎになった」
「金色じゃなく黄色だったけどねー」
「結局ただの色変わりだったし」
農村ミニミニニュースみたいになってきた。
「うーん、もうちょっと前に遡ってもいいです。この一年間くらいで、なにかありませんでしたか」
アモ的にはぴんとこなかったらしい。
「……あの男が、来たね」
「ああ……吟遊詩人、とかいう奴だった……」
おお、吟遊詩人! なんかすごくファンタジーっぽいじゃないですか。RPGだと弓の上位ジョブだったりするけど、たぶん普通に歌を唄う人だろう。
それにしても、なんとも言いにくそうな村人の話し方が気になる。と思っていたら、
「それ、もうちょっと詳しく」
と、どこぞの掲示板みたいな言い方でアモが突っ込んだ。
「はあ、詳しくと言うても……」
「ふらっと現れてしばらく居ただけだね」
「唄ったり、語りしたりで家を泊まり歩いて」
「語りは面白かったね。唄はあまり上手くなかったけど」
「新王国とかいう所の王様の話だったか。ここらはあまり余所の人は来ないから遠くの話は珍しいよ」
語りというのはニュースみたいなものなのか。
「それで?」
「……来た時と同じようにふらっと出ていったね」
「それだけ? 本当にそれだけですか」
アモの追及が容赦ない。
「それだけじゃ」
長老らしき老人が言い切った。けれど、苦虫をかみつぶしたような顔をしているであろうその声音が、嘘だと言っている。
「そうですか」
アモは思いの外あっさり引き下がった。
「では、明日引き続き調べてみることにします。村の中を歩く事と村人に話を聞くことの許可を願います」
「……いいじゃろう」
長老は嫌そうにしながらも、頷いてくれた。
村の事情を嗅ぎ回られたくはないけれど、怪現象を放置もできないという苦渋の決断だろう。
それから相変わらずの粗末な食事と床上の寝床が供されて、その日は終わった。
翌朝。毎度おなじみの朝食には、初めて見るヨーグルトのような物が付いていた。
なんという贅沢! と思ってしまう自分が、なんだか可笑しかった。
朝食を済ませて外に出ると、家の前の広場には結構人がいた。
走り回っている子供達。
水の入った桶を運んでいるちょっと年かさの少女。
犬を連れて歩いて行く男。犬カワイイ。
家の前を掃いている少年。
広場の真ん中にある祠の前でお祈りしている女性。
そんな人々を横目で見ながら私たちはゆっくりと村を一周するように歩いた。
「その吟遊詩人っていうのが問題点だと思う?」
「そですねー」
アモの返事は相変わらず素っ気ない。せっかくワトソン役をやろうと思ったのに、これではただの空回りになりそうだ。私がホームズをやりたくても、この世界の知識が少なすぎてとても無理だし。
一周するのに10分もかからないほどの、小さな村だった。
村の周りはしょぼい畑と荒れ地だ。カバ牛が居たから、一応牧草地なのかもしれない。なんにしろ極めて生産性の低そうな土地だった。
遠くにこんもりとした森が見える。焚き木や木の実を拾ったりする、里山というところだろうか。
そういえば森のことを山と言う友達がいたなあ。私は高いところが山だという認識だったから、最初は話が噛み合わなかった。
それはさておき。
「これはあれだ……その旅の吟遊詩人を村人が小銭目当てに殺して、あの森に埋めた。それで怨霊が夜毎やって来ては家に入れろと要求してるってわけよ」
びしっと森を指さして、小声でアモに推理を語ってみる。
「はあ、仙女さまはおもしろいことを考えますねえ」
おもしろいって言われた。
ふつーじゃん、よくある話じゃん。怨霊が七代祟るとかいうのよ。昔話だよ。
「オンリョウってなんですか」
え。
怨霊分からない?
「幽霊とか亡霊とか……」
「なんですかねー?」
なんと……
この世界には怨霊も幽霊も存在しない。そういう概念が無い。
この世界の人々は、魂の存在も死後の世界も考えたことがない。そういうことなのか。
それは私の知る世界とは違いすぎていて奇妙な感じがする。
「ねえ、村のお墓に案内してくれるかなー」
哲学的問題に向き合って黙考中の私を置き去りに、アモは走り回っている子供達のなかで一番元気そうで大柄な女の子に声を掛けていた。
「いいよっ」
予想に違わず大きな声で満点のお返事だ。
私の怨霊説を一刀両断しておいてなんで墓地?
霊魂が無くてもホラーな展開になったりするのだろうか。ゾンビとかか。
「ありがとー。君の名前は?」
「クルーラ! だよっ」
「良い名前だね、クルーラ。私は」
「しってるよ! アモだよねっ」
「おおすごいー、よく分かったねー」
「母ちゃんたちがいってた! おはかこっちだよー」
子供に付いて家の間を抜ける。




