11 アモの仕事1
微ホラー注意です
「三年前のは小規模でしたしー、もうこれだけ戻ってます。何百年か前には、東の大海がすべて砂漠になるほどの醒嘯が起きたと言いますー」
それはすごい。なんだか分からないが大災害なことは確かだ。
「世界の摂理ってことは、アモはそれを防いだりしてるの?」
「まさかー。醒嘯を防ぐことなんかできませんよー」
じゃあなにをしているのか―――は聞いてもよく分からなそうだったので、やめておく。そのうち見る機会もあるかもしれない。
私も薪を拾い集めたりしながら歩いた。なにかしらやることがあると退屈が紛れる。
朝飯は薬草茶とパンと甘くないジャム。
夕飯は雑草のスープとパンとチーズ。
昼は無し。
景色は代わり映えせず、食事は楽しみにはほど遠い。
何かの修行だろうか。
前の身体だったら、スパルタダイエット合宿に参加したと思えば納得できたような気もするが、仙女さまボディは十分スリムだ。胸の辺りも十分すぎるほどスリムである。
人生なかなか思うようにはいかないものだ。必要な時には手に入らず、いらないものは押しつけられる。
それは異世界に来ても変わらない。
三日目の夕方、二つ目の村に辿り着いた。
ここもまた街という規模ではないが、前の村よりは少しだけ大きい。家の数が二十軒ほどありそうだし、村の周りの畑も広く麦らしき作物も育っていた。カバ牛も結構な数いて、それを追い集めている人と犬もいた。
犬は黒っぽい大型犬で、普通の犬に見えた。
村に入ると家々から夕餉の支度か、煮炊きする匂いが流れていた。
家はどれも前の村と同じ藁葺きの竪穴住居だ。これがこの世界の標準なのだろうか。
アモは中心の広場に面した大きめの一軒の扉を開けると、声を掛けながらあたりまえのように入っていった。
鍵もかかってないのか、不用心だな―――と思ったけど、こんな野原の真ん中の村に泥棒など来そうもない。全員が顔見知りの村で鍵など必要ないか。
アモを追って中へ入る。
中は前の村の家とほぼ同じ造りだった。ただ若干、本当にちょっとだけ家具が多めだった。
囲炉裏の前に小さな椅子が置かれていて、小さな老人が座っていた。老人の後ろにはチェストみたいなものもあった。
アモは老人の前に進み出て、軽くお辞儀した。
「アモです」
めちゃめちゃ簡単な自己紹介だな!
でも老人はそれで納得したらしく微かに頷いた。確かに、他に名乗りようもないのかもしれないけど。
薄暗さに目が慣れてきても、老人の顔は判別しがたく性別も分からない。後ろにあるチェストの扉が歪んでいるのか少し開いていることの方がよく見えた。
奥から人が出てきて土間にラグを敷いてくれた。
アモが老人に対峙して座り、私はその後ろに座った。村人らしき人たちが五人ほど老人を囲むように立っている。ほぼ女性だ。
囲炉裏の上に設けられた煙出しから、夕暮れの空が見えた。
と、そこに居たものと目が合った。
悲鳴を上げるのは、あらん限りの意思力を総動員して押しとどめた。
泥棒?
いや、屋根の修理かもしれないし、なにか他の目的があって屋根に登っている人かもしれない。
この世界の風習に限りなく疎い私がここで大騒ぎしてどうする―――そう思ったから。
端から見たら相当きょどっていただろうけれど、この暗さだ。目の前の老人にも、奥から出てきた人たちにも気づかれなかったと思いたい。
気づかなかったのか無視してくれたのかは分からないが、奥から来た人の一人がゆっくりと老人の横に座って口を開いた。
「何かがいる、と言う者がいるのです」
ぎくりとした。
『なにか』―――がいたのではなかったか。あそこに。
私は下を向き、煙出しの方を見ないようにする。
「村の中になにかがいる、と」
声は低く、まるでその話をすること自体を怖がっているようだ。実際怖いのだろう。その『なにか』に聞かれることが。
―――私も怖い。
「家に閉じこもったきり、出られなくなった者もいます。村を捨てて出ていきたいと言う者も。実際に出ていった者も……」
「うーん、『なにか』じゃあよく分かりませんね。具体的に何があったのですかね」
アモの返事は吃驚するほど事務的で軽かった。村人の感じている恐怖など、どこ吹く風のあっさり感だ。
「それは……」
「はっきりしなくてもいいです。感じたことだけでも。どこで、何があったかをできるだけ詳しく教えてください」
村人が口籠もってしまったので、アモの物言いが幾分丁寧になったようだ。
「はい……。時折、扉の隙間から家の中を覗いているものがあると言います。家に入ろうとすると、足をとられる事があるとも。それが、一度や二度ではないのです」
覗いているもの―――それはさっき煙出しから覗いていたものじゃないのか。確かめるのも怖いけれど、確かめないのも怖い。
意を決して見上げてみたけれど、そこはもう真っ暗でどこが煙出しなのかも分からず、当然覗いているものなどどこにも見えなかった。
灯りと言えるものは相変わらず目の前の囲炉裏の火だけで、かろうじて周囲の人の顔が見えるかどうかという暗さだ。天井など見えるはずもない。
わずかにホッとして、話している村人に視線を戻した。
―――戻したら、その後ろに置かれたチェストが目に入った。暗がりに溶け込むようなチェストの、歪んでわずかに開いた扉の隙間に―――
こちらを覗いている『なにか』が居た。
今度こそ悲鳴を上げて後退った。
地べたに座っていたからほんの少し下がっただけだが、立っていたら飛び上がっていたろう。
「え? どうしました」
アモが振り返り、緊張感の無い声で聞いてきた。
「あそこ……あの、チェストの中からなにか覗いてる!」
アモの後ろに隠れながら、声を振り絞った。
その場に居た人たちが、一斉にチェストを見る。傍に立っていた村人が、おそるおそるチェストに近づき扉を開けた。確かめるのも怖いが、確かめないのはもっと怖い―――たぶん誰もがそんな気持ちだった。
もちろん、『覗いていたなにか』などそこには居なかった。というより、何も入っていなかった。
それでも、扉を開けた人も他の人も酷く不安そうに顔を見合わせている。無いものをを見て騒いだ私を咎める者もない。
誰もがその恐怖を共有しているのだ。
じとりとした沈黙が部屋を支配していた。
「なるほどー」
それを打ち破ったのはアモの落ち着き払った声だった。一人で呟き、頷いている。
「状況はだいたい分かりました」
軽いなっ!
私も唖然としたけど、居合わせた村人達も毒気を抜かれたような顔をしている。いや、暗くて顔はよく見えないんだけど。
「それでは……これを追い払うことができると?」
「いえいえー」
かかった声を即座に否定だ。やっぱり軽すぎる。
「状況は把握しましたけど、原因を特定しないと綻びは繕えません」
おお、なかなかプロフェッショナルっぽいセリフだ。軽いだけじゃなかった。綻びとかいう謎言葉が出てきたし。




